2006年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  未分類,  百鬼丸

【ざぶん大賞】魔法の水

薄暗い廊下に立って耳を澄ましていると、合唱コンクール出場者の歌声が聞こえてくる。

もうすぐ私たちも観客席の拍手に迎えられ、まぶしいライトの下に出るのだ。もうやるしか

ない。自分の力を出しつくすしかない。時間と共に緊張した空気が張りつめてくる。あがら

ないように、気持ちを落ち着かそうとするうちに、二年前の一年生の頃を思い出していた。

中学校に入学した私は、合唱部に入るなんて考えてもいなかった。どちらかというと、運

動部に入ろうと思っていた。しかし、合唱部の勧誘コンサートに魅せられて、迷うことなく

入部した。最初は団体行動さえとれずに、失敗を繰り返した。その度に合唱は一人じゃでき

ない。信頼しあって「和」を大切にすることが基本だと教えられた。練習も厳しく、想像以

上に体力が必要だった。初めてのコンクールは今にもまして不安な気持ちでいっぱいだった。

今年の一年生もあの時の私と同じような気持ちなのだろうか。

そんなことを考えていると『魔法の水』がまわってきた。そう、二年前もこんな気持ちに

なった時、先輩から『魔法の水』と言ってペットボトルを渡された。『魔法の水』って何?

何が魔法なの?ペットボトルに入ったただの水としか思えないものを手に、私は考えた。

その時。先輩がこれをみんなでまわし飲みするようにと声をかけた。私も、周りにいた他の

一年生も戸惑った。私は、人が口をつけた物を飲むのは嫌だなぁ。水を飲むなら自分で持っ

てくればいいじゃないかと思った。しかしすぐに先輩の『魔法の水』の説明が始まった。『魔

法の水』は、のどを潤すためだけにあるのではなかった。

『魔法の水』を飲む本当の目的は、みんなで一つの物を飲み、気持ちを一つにまとめること

にあった。それを聞いて私は、ああ、これはスポーツでいうと円陣を組むようなものなのだ

と思い当たった。すると、『魔法の水』を分け合って飲む仲間たちがとても心強く、かけが

えのないものに思えた。この水を飲むことは、一緒に支えあってここまできた仲間への、信

頼の証しでもあるのだ。

『魔法の水』は、普段はペットボトルに入ったただの水でしかない。しかし、コンクールの

日のわずかな時間だけ、『ただの水』はみんなの気持ちをつなげる『魔法の水』に変わる。

水がのどを、体を、心を潤し、ハーモニーとなって聞く人の心をも潤していく。歌にこめら

れた溢れる私達の思いは、多くの人に伝わるだろうか。水が緑や大地を潤すように。

霧や雨の一粒が、やがて大きな流れとなり、海となり、そしてまた空へ帰っていく。そん

な自然の循環のように、『魔法の水』の伝統が、後輩達にも受け継がれていくことを心から

願い、最後のコンクールの舞台に私は立った。  

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