2009年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  コジマ ナオコ

【ざぶん文化賞】春のうららの隅田川

今年の修学旅行のしおりに「隅田川クリーン作戦」という項目があった。その時は「どう

でもいい。隅田川に行ったことも見たこともない、見ず知らずの私達山形の中学生が、どう

して隅田川の掃除なんかしなくてはいけないのだ」と正直思っていた。

小学校の時も何度か、浄水場などを見学しに行ったり、近所の白川(しらかわ)や立谷川

(たちやがわ)に、クラスで掃除しに行ったことがあった。中学に入ってからも、エコをテー

マにした総合学習で、逆川(さかさがわ)や河川公園の掃除を学年みんなでやった。だがや

はり、私はどうしても興味が持てなかった。持とうとさえしなかったのかもしれない。水な

んて、飲もうと思えばすぐ飲める、蛇口をひねればすぐに出てくるような、あって当たり前

のものだ、と思っていた。だから、今回もそれだけで終わる、と思った。

クリーン作戦当日、天気がよくて、隅田川の水はキラキラと光っていた。今回は、わたし

たちのクラスだけ、特別に水質検査をやらせてもらうことになった。川の水を試験用のチュー

ブに入れると、入れ物の中がきれいな青に染まった。しかし、その色とはうらはらに、水質

検査の結果は最低のレベルだった。実際に、その川の周辺を歩いてみると、ひどくにおった。

生臭いにおいだった。

私の家の近所にも白川がある。県内でも汚れたほうに入る川だが、規模がまるでちがう。

比べものにならない。きっと、工場排水、生活排水のせいだろうか。観光客やここを散歩す

る人達がゴミを捨てて行ったのだろうか。罪もない隅田川は、こんなにも人間達の手で汚さ

れている。人は水を支配している。人の姿が水に表れている。水に対して、隅田川に来る私

と同じように思っている人は星の数ほどいる。そういう心が、日本でも有名な隅田川を苦し

めてきたのだ。「春のうららの隅田川」が今、泣いている。

ずっと歩きながらゴミを拾い、結構ゴミが集まってきた。今回案内してくれた団体の方が、

ある話を聞かせてくれた。

「この桜橋は東京大空襲のときもここにあって、この橋の両端に爆弾が落とされた。だから、

この橋の上に逃げ込んだたくさんの人々は、火に囲まれて、みんな焼け死んでしまったんだ。

今もそこの柱に、その時焼けた人の体からでた油が、白い点となって残っているよ」

私はその話を聞いて、衝撃を受けた。戦争の悲惨さ。その中で一生懸命生きようとしたた

くさんの人々。その光景が目に浮かんだ。それと同時に、そこから立ち上がって生きぬいて

きた人々の姿、一度荒れ果てた隅田川を取りもどすためにがんばってきた人々の姿が、キラ

キラ光る水面を見て浮かんできた。

隅田川は東京のシンボルだと、案内してくださった方が言った。川は、そこに生きる人と

ともに生きている。隅田川も、桜橋も、昔からずっと時代の移り変わり、人々が死んでいく

様、人々が成長していく過程を見守ってきているのだ。「川や水を守る」と漠然と思ってい

た。そうじゃない。川や水が私達と一緒に生きているんだ。

いつのまにか夢中になっていた。クラスのみんなの集団から遅れ、遠く離れた所に、友達

と二人でもくもくとゴミを拾っていた。不思議だった。隅田川に行く前は興味がなかったは

ずなのに、なぜ私は今、こんなにも真剣にタバコの吸殻を袋に入れているのか。隅田川がい

とおしく思えた。隅田川をきれいにしてあげたかった。昔から命をはぐくんできたのだから。

川とともに生きる。当たり前すぎて忘れていたことが、改めて大切に思えた。今も未来も、

水はかけがえのない、命の源。そして暮らしを豊かにするものだ。水の一滴一滴を大切にし

ようと思う。もしかしたらこの一滴で人を救えるかもしれない。言葉をいえない隅田川の代

わりに、私が隅田川で感じたことをみんなへ伝えたいと思う。前よりも水に興味をもてたこ

と。そして、楽しみじゃなかったクリーン作戦も、終わってみれば、修学旅行一番の思い出

になっていたことも。

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