2017年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  菊地 ゆみ

【特別賞】夏手紙

その日、津波は起こった。たった数分で全てのものがうばわれた。尊い人の命まで。周囲の人達は絶

望で言葉を失ってゆく。希(のぞみ)も、同じ様な状況にあった。怒りで思考がはぎ取られていくよう

な感覚だった。だが、それをどこに当てていいのかも、分からなかった。そんな空気を切りさく様に、

だれかが言った。

「こんな状況やからこそ前を向くんや」

聞き慣れた声だった。声の主は進(すすむ)だった。希の幼なじみの声だった。高校もクラスも同じの

彼は、望月という名字から望(も)っちゃんと呼ばれている。希が進のもとへ行こうとしたその時だっ

た。視界がゆがんだ。さっきの余震だった。他の人達は大パニックになった。すると、希の口が勝手に

開いた。

「とりあえず上に避難しいや」

自分でも驚きだった。だが、パニックはおさまらない。その中で希達は、人をかき分ける様に上に向

かった。

途中地震がおさまった。一旦後ろを振り返ってみた。すると、波が来ていた。何もかもを消めつさせ

てしまうのではないかと思ってしまう様な勢いと高さだった。希はさけんだ。だが声は届かない。希は

下に行こうとした。けれど、足が動かなかった。何回動かそうとしても、最初の一歩がどうしても出な

かった。だれかが希を抜いていった。進だった。俺には何にもできないのか。心でさけんだ。もう波が

入るという所まで進は行った。必死で走っていく進を見ているしかなかった。

とうとう、下の人の所まで水が来ていた。人が飲みこまれる姿を見ていると、絶望がより一層深く

なった。あの中に入ろうなんてことを一瞬考えてしまう景色だった。進を目で追っていた希は、進が飲

み込まれてしまう所を見てしまった。全身の動き、そして五感をなくした様だった。ふらっと倒れた。

起きると、さっきと同じ場所にいた。人だかりはすっかり消えていた。ぼやぼやとしていた視界が元

にもどった。

「見たくなかった」

希は思った。熱くしょっぱい液体が頬に流れる。

「何しとんのや、坊」

低く長いその声に、ふり向く。駄菓子屋のおっちゃんだった。

「進の言うとったこと、忘れとったんか。若い者(もん)は避難してない人探しに行っとる。お前も儂

と一緒に行くで」

希はうつむいた。駄菓子屋のおっちゃんは希の胸ぐらをつかんで怒鳴った。

「お前だけが悲しんどんじゃないんや。みんな自分の気持ちを押さえて行動しとんのや。お前が悲しん

どっても何(なん)も変わらん、けどな、お前が動けば何かが変わる可能性はあるかもしれないんじゃ。
やから、やから…」 「わかったよ、おっちゃん」

希は、心の重りがほんの少し、ほんの少しだけだが、とれた気がした。そして、踏み出せたのだ、最

初の一歩を。

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