【特別賞】祖母の桜
昨年、月尾嘉男先生の黒木ざぶん塾十周年記念講演「生命の水・環境の水」を聴く機会に恵まれた。
その中で「祖母の桜」が枯れた理由はこれだったのかと思い至る話に出会えた。講演内容と規模は違う
が「祖母の桜」も、家の前の小川の護岸工事後に枯れた。
祖母は町名を国分という場所に住んでいる。国分尼寺跡ゆかりだそうで、近所に古ぼけた石碑もあ
る。家の前には自然積の石垣の小川が流れており、寺の堀跡と言われていた。小川の底からは水が湧き
出ていて、メダカや鮠(はや)が泳いでいた。夏は蛍が飛び、ヤゴも住んでいてトンボの羽化も見られ
た。そんな自然豊かな小川を祖母達は愛し、町内会で一ヶ月に一回川掃除をして環境を維持していた。
庭から直接続く石段を数段降りると水面があり、実に風情のある様子だった。
ところが、近隣の宅地化で新たに来た人達が車の離合ができないから塞いでほしいという要望を市に
陳情した。祖母達は反対したが結局は同意したそうだ。工事が始まると美しい石垣は無残にも壊され、
V字型のコンクリートが小川の中にいけこまれた。所々開放部分があるが全面的に塞がれて、車二台が
すれ違える幅の道路になってしまった。
工事直後の「祖母の桜」は例年と変わりないように思えた。翌年、いつもより花は大振りで数も多く
見事に咲いた。今思えば枯れる前に、最後に頑張って美しさを誇示したのだろう。それきり「祖母の桜」
は咲かなかった。
桜の木の寿命は五十年だそうだ。祖母がお嫁に来た時は既にある程度の大きさだったそうだから五
十年以上は生きてきたのだろう。寿命だったと言われれば否定はできないが、元気だった。工事さえな
ければきっと今でも毎年美しく花を咲かせ、私達を楽しませてくれたと思う。月尾先生の「循環を維持
してきたから里山が守られてきた。遮断する行為は自然を破壊する」という言葉が私の心にすとんと落
ちて納得できた。
恐らく何十年、もしかしたら何百年もの間先人たちが手をかけ維持してきた国分尼寺のお堀だった
小川を、新参者が利便性ばかりを追い求め、人工物に置き換えた。循環は遮断され、自然が破壊され
た。その結果、「祖母の桜」は枯れたのだと思う。
月尾先生は講演の最後に「私達の祖先は日本の自然を非常に理解して生活してきた。自然を守り、森
を守り、水を守ってきた。そして、ただ単に水を守るのではなく、長い時間をかけ自然を守る仕組みを
作ることにより、水を守ってきた。若い君たちはそこのところをよく理解して、どうすれば水を守れる
かを考えて、頑張ってほしい」とおっしゃった。大人になるまでまだ時間があるが、「ざぶん賞」で水の大切さをしっかりと意識づけして頂いた。今のこの気持ちを忘れず、現在参加している筑後川の清掃活動を続けながら、山や海の環境を守ることにも目を向け、新たな一歩を踏み出したいと思う。


