【特別賞】鮎の風評被害
「ごめんね、今は鮎食べられないんだ」
毎年食べに行っていた那珂川の鮎。それが初めて禁止された。二〇一一年に発生した福島第一原発事故は、私たちの暮らす栃木県にまで影響が及んでいたのである。
あの事故から七年。那珂川の鮎はどうなっているのだろうか。私はまず図書館に足を運んだ。資料によると事故翌年の平成二十四年度には、検査された全ての鮎において安全性が確認されているにもかかわらず、漁獲量や出漁者数は減ったままであることが分かる。その後もそれらの数字は低迷し、平成二十七年には多少回復傾向が見られたが事故前には及ばない。つまり、これは「風評被害」により消費者が那珂川の鮎を避けていることを示しているように見える。栃木県の顔とも言える鮎が本当は安全なのに「危険な魚」というレッテルを張られてしまっていることが私は悔しくて仕方がない。私は風評被害を解消するための、県や市のPR活動が足りないと感じた。検査もクリアして安全だということが証明されているのだから、胸を張って安全性を宣伝したほうがいいと思った。
そしてこの夏、風評被害の影響を実際の現場で確認するため、私は那珂川のやなで有名な那須烏山市の「ひのきや」さんにお話を伺った。事故直後、予約のキャンセルが相次ぎそれから三、四年は「放射能はもう大丈夫なのか」という類いの問い合わせが続いたという。お客さんの数は例年の半分にまでなったそうだ。今も客足は戻らず低迷したままだという。
「一度減ってしまったお客さんが戻るのは難しいんだよね」
ひのきやの店主の渡辺さんが悔しそうに笑った。風評被害によってお客さんが減ってしまった「ひのきや」さん。そして「汚染魚」という汚名をなすりつけられた那珂川の鮎たち。私はなんとかして彼らを救ってあげたいという思いで胸がいっぱいになった。
ひのきやさんにお礼を告げて外に出たとき、水の音が聞こえてきた。その音に呼び寄せられるように、私は水際まで進んでいく。幼いころに経験した、冷たくて少しくすぐったいような水の感触。物心ついてから天然の水の恵みに触れたのは、この那珂川が最初だった。耳を澄ますと、川のせせらぎや虫の声、森のざわめきが聞こえてくる。これらの自然は私が知るどの場所にも負けないくらい、豊かさと温かさを持っている。この栃木で古くから伝わる「河川を大切にする」文化を私たちの代で終わらせるわけにはいかない。
「風評被害」それは人々の恐怖心が生み出した亡霊である。しかし、その亡霊の姿を実は誰も見たことがない。暗闇をずっとそのままにしておくから、恐怖心が深くなっていくのだ。そこに明かりをともして、真実を照らし出したとき、栃木県の鮎の未来も明るくなるに違いない。


