【ざぶん環境賞】水と共に生きる
僕は今年の夏休み、富士登山に挑戦した。父と行った。ずっと山登りをしていなかった事、
富士山が日本一高い山である事などから登る事にした。その富士登山で僕の気に留まったの
がトイレだ。富士山のトイレはお金がかかった。僕は、「何で?」と思った。
すぐその訳がわかった。トイレのはり紙には、『富士山の水は貴重です。チップにご協力
ください』と書いてあった。富士山は標高が高いので、水が乏しく、あるといえば、雪どけ
水や雨水ぐらいなのだ。それで昔はたれ流しで、し尿や紙で富士山に白い川ができていた、
というのを新聞で読んだ事がある。
だから今、バイオ式オガクズトイレや焼却式トイレなど、できる限り水を節約するトイ
レが使われているのだ。チップによって富士山トイレの運営代が賄われている。「なるほど」
と思って、父からもらった百円玉を入れた。
僕は富士山トイレの水の節約を実際に見て、ふだんの生活で使われる水にも目を配るよ
うになった。すると、トイレで一回に流す水の多さにおどろいた。富士山から下山してすぐ、
家に帰った僕はトイレに入った。今まで水の出ないトイレに入っていたものだから、一層、
流れ出る水が多く感じた。それで僕は、水がどんな所で使われているか考えてみる事にした。
まず洗濯機。僕の衣服を洗うために、たくさんの水が使われる。お風呂やシャワーでは、
体を洗うために水が使われる。水道水は料理や飲み水、それにおそうじにも使われる。それ
に、水を使って作られる物は身のまわりにたくさんある。例えば、僕が持っている鉛筆は、
水で育った木で作られたものだ。僕が乗っている車は、きっと工場で水によって洗浄された
に違いない。もしかしたら電子レンジに使った電気は、水力発電によってできた電気だった
かもしれない。
そう考えると、もうほとんどが水のおかげでできたものばかりで、ちょっとびっくりした。
「水のない生活なんて考えられないのではないか」と思うほどだった。
でも、僕の思った「水のない生活なんて考えられない」というのは、本当かもしれない。
もし水がなかったら、魚も食べられないし、水田でできるお米だって食べられない。そうなっ
たら大変だ。何せ僕はごはんが大好きなんだから。
ふと僕は、飢饉を頭に思い浮かべた。大昔から飢饉は恐れられてきた。飢饉とは、雨がふ
らないので農作物が実らず、たくさんの人が飢え死にする事だ。昔はよく飢饉が起き、その
たびに国は、政治的にも経済的にも打撃を受けた。やはり水は人に大きく関係しているのだ。
でも今、日照りが続いてもあまりさわがれないのはなぜだろう。
それは昔から、先人達が水に対して頭を働かせてくれた努力の結果なのではないのだろう
か。僕は今まで学校の見学学習や家族旅行の途中で、よく「用水」というのを見かけて
いる。それらは全て、ここら辺は川が少ないから飢饉が起こりやすい、という理由で先人達
がつくってきたものだ。そのおかげで今、日本には網の目のように水路がはりめぐらされ、
大地をうるおしてきたのだと僕は考えた。水は人の生活をうるおしたのだ。
と同時に、僕は水が人の職業や交通を育んだと思う。僕の住んでいる近くにある港は、水
がなければなかっただろうし、昔は川でよくいかだ流しをやったそうだ。いかだ流しは、山
で木を切ったら、それをいかだにして下流に流す職業だ。
また、川や湖は海以外の交通の要所としても栄えた。川は上流の物を下流へ運ぶのに役
立った。また当然、川を渡る事が必要になってくる。川の多い日本だから、橋の数も多く、
橋をかける技術を高めたと言ってもいいだろう。
このように水は人間を育ててきた母でもあり、人間と共に生きてきた友達でもあるのだ。
きっと僕が水について考えるきっかけとなった富士山トイレも、水を有効に使おうと人が考
えた結果なのだろう。
山の中に消え、川、湖、沼となって海に流れ、雲となって雨にふり注ぐ水。その水は、大
昔から今も人と共に生きている。そしてその水を人間は治め、利用してきた。
僕は毎日水道水を飲む。飲まない日なんてない。もちろんその水はしっかり消毒されてい
る。でももしかしたらそれは、昔の人が稲を作るのに使った水かもしれないし、用水をかけ
めぐった水かもしれないのだ。そう思いながら、毎日飲む水をもっと大切にしていきたい。僕は富士登山で、富士山トイレからこれだけの事を学んだ。毎日、水の世話になっている一人として、さらに水について考えていきたい。


