【ざぶん文化賞】煮干し
「えー、煮干しの解剖?」
目の前のテーブルには、ピンセットや虫めがね、白い紙、そして煮干しの入ったビニール袋。 小学六年生の弟が今から煮干しを解剖すると張り切っている。図書館の本を読んで夏休みの 自由研究の課題に決めていたらしい。
「お姉ちゃんは、ぼくのアシスタントね」
いやおうなしに私は解剖に立ち会うことになった。
まず、白い紙を広げ、太くて、お腹が割れていない煮干しを選び出す。念のため、二十匹
ほど袋から取り出した。次に、煮干しの頭を胴体から取りはずして、さらに頭を指先で二つ に分ける。弟が、むしめがねで頭の中身をのぞきこむ。
「頭がい骨、これが脳、耳石に、えらに、さいはに、えらの横にくっついている三角形のは、 心臓かな」
今度は、胴の頭側に指をかけて背開きにする。ゆっくりさかないと壊れてしまう。きれいに さけても、黒っぽいものがごちゃごちゃ見えてわかりづらかったり。結局、袋から出してい た煮干しを全部二人でさいてしまった。その中から、一番内臓がわかりやすい煮干しを観察 してみる。
「これが背骨で、この黒いかたまりが肝臓、このくねくねは腸かな。これは何だろう」 本と比べながら、各器官を確認していく。 「煮干しも海を泳いでたんだね」 弟がピンセットで煮干しをつつきながら言った。 「そう、煮干しも生きていたんだ」
今まで何気なく口にしていた煮干し。煮干しはカタクチイワシという魚だ。
上アゴが下アゴより前方に出ていることから、この名前がつけられたらしい。エサは大口
を開けて海水ごと吸い込み、くし状のさいはを通り抜けるとき、ひっかかったエサを飲み込 むという。カタクチイワシのエサは、植物性プランクトンや動物性プランクトン。川の水が 海に流れ込み、そこに含まれていた養分が植物性プランクトンを育て、それを食べる動物性 プランクトンを育む。
サバやカツオなど中型の魚やイカなどはイワシの群れを追い、その中型魚をエサとするマ
グロやブリなどの大型魚もイワシの集団を追う。マグロやブリはさらに大きなイルカやサメ、 シャチなどのエサになるが、カタクチイワシは中型魚にもイルカやサメにも食べられてしま う。そして、人間にも。食う、食われる。これが「食物連鎖」というものなのだ。解剖した後 の煮干しは、私と弟の口の中へ。
その夜、私は夢をみた。青い海の中をカタクチイワシがキラキラと銀色に輝いて群らがっ
て泳いでいるのを。次の日の朝、台所に行くとぷーんといい香り。私の好きなワカメと豆腐
のおみそ汁だ。
もちろん煮干しでだしをとったものだ。
「いただきます」


