【特別賞】水の流れは絶えずして
中学校に入ったばかりだというのに、国語の先生がいきなり私に宿題を課した。俳句をつくりなさい、
と言うのだ。俳句には「季語」が欠かせないという知識は、小学校を卒業したばかりの私にもわかるの
だが、そもそもどんな言葉が季語なのかがよくわからない。そこで、その先生に質問すると、「例えばこんなものがあるんだよ」と言って、プリントを一枚下さった。その中に目をひく一つの言葉があった
「水見舞」。秋の季語らしい。 「先生、水見舞って何ですか」 私はたずねた。すると先生は、
「昔は今みたいに治水がゆきとどかなくて、各地で水害が発生したんだね。そうした水害にあった人へ、お見舞をすることを水見舞って言うんだ」
「それって不幸な出来事でしょ?それを俳句の季語にするなんて、いけないんじゃないですか?」
「君はなかなかするどいことを言うね。昔は、水は自然のものという意識が強くて、人は容易に手を加えなかったんだ。だから水害も自然の成すこととして、人々は受け入れていたんだろうね」
腑に落ちない表情でいる私に、先生はこう付け加えた。
「そうそう、水と言えば、学校の近くに水源池公園があるね。そこは昔、むつ市民の水源だったらしい。調べてみてごらん」
宿題が一つ加わった。むつ市上水道管理センターに手紙を書いて、いろいろと問い合わせた。浄水課長
の嘉賀さんがていねいに応じてくださった。うれしかった。
大湊第一水源池は、明治四十三年に旧海軍大湊要港部により竣工された。日本最古を誇るアーチ式ダ
ムがあり、その建築にあたったのは桜井小太郎氏で、のちに三菱銀行本店などを手掛けている。
その後、昭和二十年まで海軍専用水道として使用された。終戦後、昭和二十一年に大湊町(現・むつ
市)に引き継がれ、昭和五十一年まで水源池として使用されていた。昭和六十年に「近代水道百選」に
選定、さらに平成五年に県重宝の指定を受け、平成十三年には土木学会選奨土木造産に認定されている。
その水源池は、現在、水源池公園として整備され、市民の憩いの場になっている。
一方、昭和三十九年から平成七年にかけて、むつ市では第一期〜第四期上水道拡張事業が行われ、平成
十四年からは簡易水道統合整備事業に着手している。そして平成十七年三月、市町村合併と同時に新む
つ市水道事業がスタートし、今に至っている。やはり水は人の手によってしっかりと管理されていた。
さらに、興味深い資料を見つけた。むつ市は平成六年に水害(床上浸水一三一戸、床下浸水二四四戸等
の豪雨災害)に見舞われている。そしてそれを機に「小川放水路」の建造を計画し、近年完成をみてい
る。全長二一メートルのうち六七五メートルがトンネルになっており、その工事費として莫大なお金
を投じている。この放水路の完成により、きっと現代の「水見舞」は解消されるだろう。喜ばしい。
水の流れを勝手に変えるなど不謹慎だ。確かにそういう考えも今なお成り立つのかもしれない。先の
国語の先生もそんなことを言っていた。でも、これも時代の流れ。そんな水臭いことばかり言っている場合では、もはやなくなってきているのかもしれない。私はこう思ってしまうのだ。いけないことかしら?
「水清ければ魚棲まず」……そんな感じかな。


