【ざぶん環境賞】西湖のクニマス
二〇一〇年十二月、幻の魚「国鱒」西湖で発見、このニュースを聞いて僕は驚いた。僕の家は、富士山の麓にある富士五湖の一つ、西湖にほど近い。ヒメマス釣りやキャンプなどのレ ジャーでも有名だ。しかし、富士五湖の中では最も観光が進んでいない自然豊かな湖だ。
クニマスは、もともと秋田県田沢湖にしかいない魚であったが、なぜ西湖で発見されたのか疑問に思い、西湖コウモリ穴特設ギャラリー展を見に行き、謎が解けた。そこでは京都大 学で遺伝子分析された、クニマスの標本を目にした。西湖のヒメマスは白っぽいが、それは 黒っぽかった。僕は、クニマスを初めて見て、とても感動した。絶滅したとされてから七十 年目に見つかったクニマスを、目によく焼きつけておこうと思った。
一九三五年、秋田県から十万粒の発眼卵が西湖と木栖湖に移植された。それが、現在のク
ニマス生存まで命をつないできた。西湖の湖底で、クニマスが生命の誕生を繰り返し、七十 年もの長い歳月に亘り、魚の生命が受け継がれてきたことを考えると、西湖の自然の中での、 クニマスの生命力の強さに感動を受けた。と同時に地元の西湖でクニマスが発見されたこと をとてもうれしく思った。
京都大学総合博物館には、大正時代のクニマスの標本があり、米国の魚類学者により、米国にも渡っている。昭和十五年以降、田沢湖では電源開発に伴う強酸性水の流入によりクニ マスは全滅し、図鑑からは消え、忘れ去られた魚となっていたことを知り、驚いた。その後、どのような経緯でクニマスの発見に至ったか、もっともっと知りたくなった。
一九九五年から一九九八年に、秋田県のクニマス漁師であった三浦久兵衛氏により、「クニマス探しキャンペーン(賞金五百万円)」を行ったが、田沢湖では見つからなかった。そのと きのWANTEDと書かれたポスターが掲示されていて、とても印象的だった。
二〇〇〇年以降、京都大学教授中坊徹次先生は、クニマスの生態の特異性に衝撃を受け、
サケ属の中でも驚くべき生態を持っていることを知り、興味を持ち続け、京都大学のクニマ スの標本で、コンピュータグラフィックスによるクニマス復元を考えたそうだ。そこで東京 海洋大学客員教授でもあるあの有名な「さかなクン」に、京都大学のクニマス標本の絵を依 頼した。魚博士と呼ばれているさかなクンは、絵がとてもうまい、と思う。さかなクンは、あ ちこちにその絵を配った。
その結果、西湖漁業組合の三浦保明さんが送ってくれた魚の中に、黒っぽい魚があった。
西湖ではクニマスは、湖底で産卵するから黒くなっているのだと思われ、「クロマス」と呼ば れていた。この魚を誰もクニマスだとは思わなかった。二〇一〇年六月、京都大学では、西湖 のクニマスとヒメマスとでは遺伝的な違いが存在することを、遺伝子分析で確信したそうだ。
クニマス展では、他にも二個体の雄のクニマスについても、遺伝子分析がされているそうだ。やはり、これも黒みがかっていた魚の標本であった。僕は、その結果を早く知りたいと 思った。
今回、自然豊かな西湖でも七〇年もの長い歳月を経て、田沢湖の発眼卵から西湖のクニマスが見つかったことを知ることで、絶滅しかかったクニマスの生命力の強さ、生命の尊さに 深く感動した。移植に関わった人達(はがきでのやりとりが資料として残されていた)、絶滅 をあきらめずに研究し続けた京都大学の中坊教授、クニマスの標本を絵に再現したさかなク ン、西湖漁業組合の三浦保明氏など多くの方により、西湖のクニマスの発見に至ったことに とても感動した。同時に今後は、西湖の自然をいかに守り続け、クニマスの命をつないでいっ たらよいか考えていくことが大切だと思った。観光地であること、ヒメマス釣りが行われて いることなどから、釣りの規制をしてもよいかもしれない。
西湖のクニマスは、絶滅してはならないと痛感した。僕は、今後もこのクニマスについて調査を続けていきたいと強く思っている。自然を守る運動にも積極的に参加してきたい。


