【奨励賞】語るは水の昔話
昔むかしと言っても、今から四〇〇年以上も前のこと、一人の少年とおじいさんが、一つ屋根の下で暮らしていたとさ。
しかも少年は今の世の先を見たと言うものだから、人々はこぞって聞きに来たそうな。
しかし少年は、ぶっきらぼうに返したと。 「今の方が良い」
少年、名を史釧(しせん)と言うたそうな。
史釧の言うに、おじいさんは釣りをするから、その間、泳いでいようと思ったんだと。
ちょうど真夏の水無月だったそうな。身を切る冷たい川が心地よく、長い間どことも知らずに泳ぎ続けていたんだと。
しばらくして、史釧はまた水面から顔を出したそうな。その時、鋭い声がしたんだとさ。「おい、坊主。こんな川でも泳ぎたいか?」
まず目に飛びこんできたのは、見知らぬ男の顔だったそうで。その後ろから、黒い服にみを包んだもう一人の男が言ったんだと。
「警察がでる必要はありませんね?」
はじめの男が苦笑して黒服の男に何か言い、史釧を川から抱き上げたそうな。そして一瞥を向け、どこかへ行ったと。
しばらくして、史釧は初めて空気の煙たさに咳込んだとさ。
「ここ、何処だ?」
気がつけば、眼下に流れる川は淀んでいて、魚のかわりに白い物が浮かんでいたそうな。何より、今立っている草むらが、硬く平たい石(コンクリート)の上に乗っかっていたのに、驚いたと。
突き出た岩の上、やせた鴨が飛び立った。 「……ここは、三途の川か?」
それからしばらく、その川の土手を、史釧はただ呆然と歩いたと。しかし、行けども行けども川底は見えず、ついには魚の一匹すら見なかったことに愕然としたそうで。
その時、やっと思い当たったと。
「もしや、ここは話に聞く『世の先』か?」
不意に、以前私の口から聞いたことのある話を、史釧は思い出したそうな。 『戻りたくば、来た道を戻るべし』
そして、史釧は淀んだ川に潜り、こちらへ戻ってきたとさ。
「やはり、川の中で目は開けられなかった」
それほどまでに、水は茶色く苦く、見るに耐えなかったと。澄んだ水の中を、光を浴びて輝くフナが懐かしかったと。
これがもとで、史釧は川を守ることを決意したそうな。かの武田信玄に対しても、堤づくりに反対したと。
だが、村が洪水から救われたときには、感謝していたがな。 さて、私の語りはこれで終り。次を楽しみにしておいで。


