【奨励賞】甘露の水
昨年の夏、叔父がぼくに話をしてくれた。それは叔父がまだ中学生のころ、ボーイスカウトで活動し
ていた時の話だった。
「体がうき上がる!上がる、上がる。宙にういてしまいそうだ」
重い重いザックをしょって長い道のりを歩いて来た。長時間歩いているうちに、ザックの重さを自分の
身体の一部に感じてしまったようだ。荷物をおろしたとたん、自分の体が宙にうく感覚にとらわれた。うき上がらないように、地面の草を強くにぎりしめている。自分でも、おかしいと思うがやめられない。
言葉で表せないほどのつかれをいやしてくれたのは、水筒の水。もうなまぬるくなっていたが、体に、
心に、しみこんでいくのがわかる。口からのど、食道、胃へと伝わる水の流れが感じられる。その水流を体におさめていくうちに、ようやく宙に体がうく感覚が、元にもどってきた。 「こんなおいしい水を飲んだのは初めてだ」
叔父に言わせると、まさに甘露だったそうだ。ぼくはまだ、そんなおいしい水を飲んだことはない。ボ
ーイスカウトには入っていないが、ぼくは昨年の秋からソフトテニスに打ちこんでいる。この夏、ほとんど毎日、一日中白いボールを打ってきた。体に塩を吹くほど汗をかく。のどをうるおすのは、母に用意してもらった氷入りのスポーツドリンク。ガブガブ飲んで、ようやく一息つく。
「今ほど保冷のきく水筒がなくて、なまぬるい水だったけど、あんなにうまい水は初めてだった。光規も叔父さんと山歩きに出かけてみるか」
去年の叔父のさそいを、ぼくは断った。とても自分にはできない、と思ったからだ。
「でも今のぼくならできるかもしれない」
テニスコートで、たくさんの汗と少しの涙を流してきた。根性はついてきたぞ、と思う。
今度、叔父にたのんで山歩きに連れていってもらおう。重いザックもかつぐぞ。そして宙にうくほどの
感覚と甘露を味わってみたい。


