【奨励賞】どじょうのドン
「ねぇねぇ、おねえちゃん、メダカだよ」
はじめに、弟にそういわれたとき、わたしは信じていなかった。だって、そこはただの水た
まりだし、そんなばかな話はないと思ったから。 「ほんとだってば!うそじゃないよ!」
そこは、このあいだの雨で大きな水たまりになっていたが、何日かすれば、かわいてなくなっ
てしまうのだ。
「もしかしたら、まんなかにあながあいてて、どこかの川とつながっているかもしれないよ」
弟はそういいはったが、そんな話、きいたことがない。 次の朝、水たまりの水はまだひいていなかった。
「へんだな。きのうはたしかにいたのに・・・」
弟はそこにしゃがみこんで、なかなか動こうとしない。
「ほら、ちこくするよ」
その日の帰り道も、とっくの昔に帰ったはずの弟が、その水たまりのそばにうずくまって、
じっと水の中をのぞきこんでいた。 「ほら、また道草して」
弟は「しーっ!」といい、水たまりの中の、しずんだかれ葉あたりをそっと指さした。
「何もいないじゃない」
弟は手にもったぼうで、そのかれ葉をどけた。すると、小さな魚が一ぴき、およぎだしたで
はないか。 「メダカ?」
メダカにしてはすこし長かった。
「うなぎってことは、・・・もしかして、ドジョウ?」
ドジョウは田んぼや小川にいるのは知っていたが、ここはただの水たまりだ。わたしたちが
いつも学校にいくのに通っている道のまんなかに雨でできたただの水たまりだ。
「あ、わかった!おまえ、友だちからもらったドジョウをここにはなしたんだろう。おねぇ
ちゃんをおどろかそうとして」 「ちがうよ!」
もしかしたらと思い、ちかくを見回したが、どこにも小川は流れていなかった。
「もういいから、帰ろう」
しかし、弟はドジョウのことが心配なのか、なかなかその場からはなれようとはしなかった。
「ねぇ、おねえちゃん、いつ雨がふるの?」
あれから雨がふってないので、水たまりは日に日に小さくなっていくばかり。それを見て、
弟は学校から帰るより早く、バケツの水をくんで、いったりきたり。
「ばかねぇ。そんなことをするなら、ドジョウをつかまえて、そのバケツに入れて、家にもっ
て帰って、かってあげればいいじゃない」 「でも、ドンはこの水たまりのぬしなんだよ」 「ドンって?」
「こいつの名前だよ。ぼくがつけたんだ」
しかし、その水たまりのぬしは、あみですくうと、すぐにつかまえることができた。
「でも、こんなバケツの中でいいのかな・・・せまくないかな」
それは、わたしにもわからないが、すくなくとも水たまりの中でひからびるよりはマシだ
と思う。
ところが、その夜、大雨がふった。
「あ、いない!」
次の朝、バケツの中をのぞくと、ドンがいなかった。石の下にも葉っぱのかげにもかくれて
いなかった。そうなのだ、ゆうべの雨でバケツの水があふれてしまったのだ。その水の流れを
たどると、ふつうの下水道の口につながっていた。 「これって、どこにつながっているの?」 「川かな」
「ほんとうに?」きっとぼうけんずきなドンのことだ、川から海にでて、いろいろな魚たちと友だちになっているにちがいないと弟はいった。
「もしかしたら、くじらといっしょにおよいでいるかもね」そうだといいなと、わたしも思った。


