2009年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  森永 江美

【特別賞】お茶飲んでいくかい

「お茶を飲んでいくかいと先生がぼく達を呼び止めた。いつものように銃剣道のけいこを終えて帰ろう

としていた時だった。ふり返ると、いつもと違う先生の顔つきにとまどった。何か話でもあるのだろうか。

言いようもない不安が心をいっぱいにした。

ぼくは、小学校一年から七年間、銃剣道を習っている。七人いた仲間も今では二人になってしまった。

もうひとりの仲間も中学三年生で、春にはやめてしまう。もしかしたら、この夏で最後なんてことにな

るのか。

先生は、水筒からお茶を入れてぼく達に出してくれた。 先生は、ゆっくりとした口調でぼく達に話し始めた。

「もう九十歳になる。十分生きてきたと思う。ガンという病気で、三年前から胃がんの宣告を受けてい

る。この間病院にいったら、進行していて、すくにでも入院して手術したほうがいいと言われたが、このまま自宅で過ごそうと思う。入院したら、もう銃剣道を教えることができないと思う。体がゆるす限り、動ける限り教えていきたい。習いに来てくれる子が、道場に来てくれる限り続けたいと思う。凌君が中学校を卒業するまで健康でいる自信がある」と。

ぼくは、はっきり言って強くない。一度も試合に勝ったことはない。でも、銃剣道を習っていて楽しい

と思う。先生が好きだから。先生は技をみがくことより、心をきたえることを教えてくれた。人間とは、生きるとは、人としてどうあるべきか、戦争という体験をとおして話してくれた。

今日の先生の話から残りの人生は、ぼく達に銃剣道を教えることが生きがいであり、これからガンと

戦う力になるだろうと感じた。一つの水筒から分けられたこのお茶は、今まで飲んだことのないおいしさだった。今日のけいこのつかれを忘れさせてくれたと同時に、今日から変わるぞ、と決心をさせる力をくれる水だった。いやいやけいこをした日もある。ずる休みをした日もあった。今日から一日も休まずけいこに来る。自分のため、先生の生きがいをなくさないため。同じ水筒の水を飲んだ仲間として、心を一つにしたと感じた。

先の見えかけているゴールに全力で走るのではなく、三人で手をにぎりあって、ゆっくりと一緒にゴー

ルしたい。

先生の選択に後悔はさせたくない。今自分にできることは一生懸命けいこをすることしかない。

強くなりたい。

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