【準ざぶん大賞】魚
「カコンッ、ポチャッ…」
俺の投げた空き缶が、川に落ちる音がした。
俺の住んでいる住宅地には、各団地をぬうように川が流れている。といっても、この辺の
中高生の〝ゴミ捨て場〞になっていたから、お世辞にも〝綺麗〞と言える程の川ではなかったが。
それに、大人達がゴミを捨てているところを何度も見てきたから、罪悪感なんていうのも感
じなかった。
その日家に帰ると、自称〝節約ママ〞の母さんが、水色のチラシを持ってリビングから走っ
て来た。俺はやばいと思った…が遅かった。 「これ、明日だけど、あなたも来てちょうだいね?」
そう言って母さんは、そのチラシを「はい」と俺に半ば押し付けるように手わたした。
母さんがリビングから走り出てくる時は、大抵俺にとってよくない事があるという事で、そ
して今回も例外ではなかった。 『川一斉大清掃プロジェクト』
その文字達がチラシの上で踊っていた。そして…
『参加者にはもれなく商品券プレゼント』
この文字も…。
かくして俺は(なぜか)あの〝ゴミ捨て場〞の一斉大清掃プロジェクトに参加するはめに
なってしまったのだった。
当日、(集合時間が八時なんてどうかしている)眠たい目をこすって集合場所に向かうと、
意外にも多くの人が集まっていた。
俺が担当になったのは、家の前の、どんよりとした灰色のコンクリートの橋から、一本先
の通称〝緑橋〞までの間。この区間は四、五十メートルぐらいだから、俺ん家一家と近所の人
数人の計九人ぐらいでやる事になった。
自治会長さんのスタートの合図の声が拡声器から流れた。最初はさぼる気だった俺も、次
第にまわりのペースに乗せられ、いつしか本気で掃除していた。雑草なのか水草なのかわか
らないような草の塊の下を、持参(母さんに持たされた)の虫取り網で川底からすくいあげ
ると、ヘドロのような黒くドロリとした土といっしょに、錆び付いた空き缶やぐしゃぐしゃ
になったビニール袋などが沢山出て来た。
それから数時間後。そろそろ終わりか。そう思えるぐらい川が綺麗になったころ、半分ほ
ど水につかったやたらと存在感のある岩の陰に、錆び付いた空き缶が一つ、すまなさそうに
沈んでいるのが見えた。まだあったのかと、その空き缶を拾い上げようとしたその時その
空き缶の口から、小さな魚が出たり入ったりしているのが
目にとまった。
見間違いかと思い、その空き缶を水の中から拾い上げると、居た、小さいけれど、可愛い
目をした魚が、くるくるとその狭い空き缶の中で泳いでいた。 (おまえ、惨めな所に住んでんなぁ)
俺はふと、そう思った。けれどその瞬間、こんな小さな魚の住む場所さえ奪ってしまったの
は、ゴミを捨てた俺なんだな、そういうなんとも言えない、後味の悪い思いが込み上げてき
た。
こんなちっぽけな魚だって、この川がなければ生きてはいけない。その川を汚して、魚や
水を殺しているのは、俺なんじゃないのか。俺は柄にもなくそういう事を考えて、しばらく、
その錆びた空き缶の中の小さな魚を見つめながら立ち尽くした。
その日を境に、俺はその〝ゴミ捨て場〞に空き缶を捨てないようになった。特に理由はな
かったけれど、きっと空き缶を見ると、あのちっぽけな命のことを思い出すからだと思う。
俺一人の行動が、なにか特別大きな事につながるだとか、そんな大きなスケールの事はわ
からない。けれど、心なしか、川の水面が前より少しだけ輝いて見えた。


