2010年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  高森 絢子

【特別賞】縄文杉登山の思い出

私は一本の空のペットボトルを大切にしている。理由は、十一時間の登山の思い出がつまっているから

だ。今年「第三十一回金沢少年の翼」に参加した。五泊六日の鹿児島派遣研修で、屋久島縄文杉登山が

メインイベントだった。

登山当日の午前三時、私は同室の友達を起こした。前日の夜から登山用の服を着て、持ち物の準備を

して寝たため、支度に時間はかからなかった。午前四時出発。バスに一時間ほど揺られて、荒川登山口に到着した。みんなの顔に力がみなぎっていた。私たちはさっそく歩き出した。

最初は長いトロッコ道が続いている。本物のトロッコが通る道だ。周りには樹齢千年未満の小杉が生え

ていた。しばらく枕木を歩いていくと、大きな岩のかたまりが見えてきた。ガイドの堀田さんが、

「この大きな岩のかたまりは花こう岩なんですよ。屋久島は花こう岩でできているんです」

と教えてくれた。三十分ほど歩くと、手すりのない橋が姿を現した。こわがる班員もいたが、無事にわ

たりきることができた。

橋の数メートル先の最初の休けい場所で、朝食の弁当を食べた。そこにガタンガタンとトロッコが走っ

てきた。トロッコは緑色の立方体の形をした電車だった。後ろの荷台に人がピースをして乗っていた。

トロッコが走り去って、私たちも追いかけるように歩き出した。すると列の後ろから、

「となりのトートロぉトトロぉ」 と妙に甲高い歌声が聞こえてきた。

「歌っとるの、誰?」

私が後ろの人に尋ねると、返事はない。もう一度尋ねると、歌が『もののけ姫』に変わった。

「ジブリシリーズしかないやん」

班員の友達が笑うと、次は『千と千尋の神かくし』に変わった。

さらに一時間ほど歩いていくと、小杉の間から動く黒い影が見えた。

「あれはヤクシカの子どもですね。二ヶ月くらいですかね」

堀田さんはそう言って立ち止まった。私は驚いて、カメラのシャッターをきった。 「これは近道です。後である山道の予行演習になります」

と堀田さんが今度は山道を登り始めた。いくら近道といっても、大変そうと私は軍手をはめた。土や石

をつかんで山道を登る。所々に石や岩が転がっていて、手も足も痛くなった。

きつかった山道を登り終えて、トロッコ道も終わった。右手に「世界遺産登録地域」とかかれた看板が

現れた。さっきよりたくさんの小杉が生えていて、草のにおいがする。 「さあ、あと少しです。頑張りましょう!」

やけに元気な声で堀田さんが言ったけれど、私たちは疲れていたので、一度休けいした。

私は、黒糖を食べながら、ウィルソン株に着いた時のことを思い返していた。もうずいぶん前のことに

思える。三メートルほどもある切り株が姿を現したときは、一つの目標が達成できたと思った。

「これは戦国時代に、豊臣秀吉が命令して切った木の切り株なんですよ」

中に入って見上げるとハートの形が見えた。秀吉は気づかなかっただろうと思うと、ちょっといい気分

になった。

休けいを終えて山道に入った。登り始めた時より涼しい。百メートル登ると気温が〇・六度下がるとい うのは本当のようだ。

木の階段を痛い足で上る。もう少しで縄文杉にたどり着くというのだが、「もう少し」がどれくらいか

分からない。岩と岩の細い間を通り抜けた。わき腹をはさんでしまって、少し痛くなった。細長い岩の上にロープがはってある、リポビタンDのCMみたいな橋を、足をふるわせて渡った。

休けい所の前に、ホースから水を流す水場があった。私は飲みほしたペットボトルに、屋久島の水を

入れた。ペットボトルに水滴がついた。

「屋久島の水は何も手を加えてないので、おいしいですよ」 堀田さんは水を汲んだ私たちに教えてくれた。

私は汲んだばかりの屋久島の水を飲んだ。一口飲むと、水道水との違いがよく分かった。屋久島の水

は、なめらかで冷たい。水道水よりやわらかい感じがした。

約三時間後、私たちは縄文杉にたどり着いた。この登山が成功したのは、屋久島の水のおかげだ。屋

久島の自然と水が力をくれた。

私は少年の翼を終えて、家に屋久島の水を持ち帰った。もう中身は空になったが、ペットボトルを見

ると思いだすのだ。私は屋久島の水の味を忘れないでおこうと思う。

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