【ざぶん環境賞】久米島の海との出会い
久米島の海に行った。ぼくが住む福島の海では考えられないほど、きれいでおだやかな海
だった。今まで見た中で一番美しい海だ。
最初に気づいたことは、深さで海の色がちがうことだ。満潮のときは、水色、青、あい色
に分かれていて、こくなればこくなるほど深くなる。もう一つ気づいたことがある。それは海
の底まで見えるほど水がきれいなことだ。青くて深い所でも底が見えた。すんだ、とう明で
水の中とは思えないほどだった。キラキラと光っていた。
何よりもおどろいたことは、魚がたくさんいたことだ。久米島の海はサンゴしょうが多く、
そこを住みかにしている魚が多い。大きい魚もいれば小さい魚もいて、海の中はまるでりゅ
う宮城のように平和な所だった。
だが、少し気になることもあった。それは、どこの砂浜でも問題になっているように、ゴミ
があることだ。このゴミはぼくたち人間が捨てたにちがいない。そのごみが海に入れば、海
がどんどんよごれ、魚たちもサンゴしょうも死んでしまうだろう。少しの気のゆるみで捨て
たゴミが大変なことになると思うと、ぼくはとても怖くなる。久米島の海にはもう一つ困っ
たことがある。それは、畑の赤土が台風になると海に流れてくることだ。なぜそれがダメか
というと、赤土にはそれをきらう生き物がいるからだ。サンゴしょうだ。サンゴしょうはこ
の赤土で死んでしまうことがある。畑を耕し作物を作ることも大切な仕事だ。人が生きるた
めに、必要な食べ物を作るからだ。赤土の問題は少しでもよい方法が見つかればいいと思う。
海は人と同じように生きている。ぼくたちがよごした海をもとにもどさなければいけない。
努力を重ねれば、勉強ができるようになるのと同じように、海もだんだんもとの姿にもどる
だろう。日本の海も世界の海も一番困っているのはゴミだ。ゴミのない海にすれば海も喜び、
そのとき初めて海と心が分かり合えるようになるだろう。ぼくはそんな海を目指している。
ぼくは久米島の海に出会い、海や山、動物や植物は人と同じように生きていて、それぞれ
が思いやることの大切さを感じた。ぼくたち人間が、自然をもっと大切にしてあげられたら、
自然はぼくらに美しい海や山、おいしい水や食べ物を恵んでくれるはずだ。
そして、もう一つ考えさせられたことがある。ぼくの住む福島の海や山は原発事故でよご
れてしまった。ぼくたちも放射能の不安を感じながら生活している。でも、本当に困って泣
いているのは、海や山、動物や植物なのかもしれない。
これからたくさんの年月がかかると思うが、ぼくらの力で福島の自然を取りもどす努力を
して欲しいと、久米島の海にたのまれた気がする。そして、美しい海を見ていたら、その勇
気がわいてきた。ぼくは、久米島の海との出会いに感謝している。


