【準ざぶん大賞】日本の水が一番
2022年8月9日
私は平成三年七月に中国から大熊町に嫁いできました。主人が「日本はいい国」といつも 私に言っていましたし、さらに「日本の水が一番」とも教えてくれました。
私は大熊町に住んでみて水道水が生で美味しく飲める事を知り、ただ驚くばかりでした。 蛇口をひねれば美味しい水がいくらでも出てきます。中国では水道水が飲めないけれど日本 では飲めるので、環境の違う日本に来て言葉が分からず大変な思いをしましたが、頑張るこ とが出来ました。それはまさに水のお陰でした。私の生まれ故郷である中国ではきれいな水 が飲めなかったからです。
四十何年前、私の子供の頃の中国ではバケツに紐を結んで井戸から水をくんでいました。 私は先天性股関節脱臼という障害を持って生まれましたので、右の足を少しひきずって歩い ていました。足が悪いから何回も運んだ訳ではありませんが、遠い所の井戸から棒の両端に 紐をつけ、先端のバケツに水を入れて家まで運んでいました。その水の重かった事は忘れる 事が出来ません。
当時は、中国文化大革命の時代で全体的に貧しかったので仕方がなかったのです。私は足 が悪いので姉達よりも仕事の量は少なかったです。その時代の中国では水をくむ事は子供の 仕事でした。しかし、運んできた水は検査もしていないので、その水を沸騰させてから飲ん でいました。
今でも、中国へ里帰りをする度に日本と中国の水を比べ、日本の水が簡単に飲める事があ りがたいです。日本の水の美味しさと豊富さは忘れません。日本の水のお陰で私は日本に帰 化し、そして、日本で骨を埋めるつもりです。
そして今、大熊中学校で二年生として勉強をしています。また、毎日美味しい水を飲める 事に幸せを感じています。これからももっと水を大切にしなければならないと思っています。


