【特別賞】私の町の清水
私が住んでいる町には大慈清水と清龍水という二つの清水があります。
これらの清水は江戸時代から利用されているそうですが、明治八年に組織された井戸周辺の住民に よる用水組合が定期的に管理、清掃を行ってきたおかげで、平成の名水百選にも選ばれ、現在も飲料 水、生活用水として、多くの市民に利用されています。
清水の歴史をたどると、町の色々な歴史も見えてきます。もともと、この辺りは「水主(かこ)町」 と呼ばれた地域があり北上川の船運(船で物資や人を輸送すること)に従事する船頭などが多く住む 港町で、橋の管理などもしていました。現在、二つの清水は鉈屋町にあるのですが、昔は水主町が鉈屋 町の西側にあり、藩命があったため、水主町も含めて鉈屋町となりました。
また、造り酒屋や豆腐屋、こんにゃく屋、麹屋、そば屋など良質な湧水の恵みを生かした店が多く 存在していました。そのいくつかは、今でも営業しています。
人々は、この清水を飲み水や米磨ぎ水、洗い物など、生活用水として利用していました。およそ百八 十年前の地誌(盛岡砂子(まさご)に、「この辺はこの水によって居を保つ」という記述があることか らも、これらの清水が古くから人々の生活や商業に欠かせないものであったことが分かります。 このように、私たちは水の恩恵を受けて、町で商業を発展させてきました。水で農作物を育て、その 流れで重い荷物を運び、便利な生活をしてきました。
では、今の私たちは水とどのように関わっているでしょうか。
今では、水があるのが当たり前になっています。水道をひねれば水が出て使いすぎてしまいます。地
球には水が十四億キロ立方メートルありますが、人間が使えるのは〇・〇一パーセントしかありません。 地球の水がバケツ二杯分(二十リットル)だとすると、使えるのはスプーン一杯分です。でも、私たち は一人一日約二百四十リットル使っていて、お風呂に入っている水二杯分と同じくらいです。さらに一 年間に一人が使う水は、八万八千三百三十リットルで、学校のプール二つ分くらいです。そして、一九 七三年から二〇〇七年にかけての一人一日あたりの平均使用量は約一・二倍に増えているそうです。こ の二十四年間で暮らしがずいぶん変わったんだなと思いました。
一方では、このような豊かすぎる生活を支えるために水の使用量が急増し、深刻な水不足に悩まされ たり、気候変動の影響により干ばつや洪水が多発しているところが増えています。そのような所では、 食料危機や病気のまんえん、水をめぐる紛争など、多くの問題を引き起こしています。
現在、私たちは水があるのが当たり前になっていますが、本当に日本は恵まれています。
透明で安全な水道水が飲めるのは世界の国百九十五ヵ国の中の十ヵ国くらいで、日本はその中の一つ です。逆に、世界のほとんどの国が安全な水を飲むことができなく、過酷な生活を強いられています。 このようなことから、人間が水に生かされているという感謝の気持ちを再認識しなければなりませ ん。私の町の清水は地球から見れば小さいですが、こんな身近に安心安全の水があることがとてもあり がたいと思いました。長い年月を通して人々の手によって守られてきた、その歴史を大切にし、百年後 もこの清水が流れ続けていけるように、私たちも次の世代に引き継いでいきたいです。


