【ざぶん文化賞】波にゆられて
2022年8月5日
「男の子なのに泳げないなんてねぇ」
おばあちゃんが呆れたように言った。
「しかたないよ、小学校にプールが無かったんだから」 と僕。
「あら?それはおかしいねぇ。だって友達は泳げるんだから。お兄ちゃん達だって泳げる
でしょう?」
そうなのだ。僕は泳げないのだ。兄弟の中で僕だけ泳げないのだ。
僕の家から海は近い。夏になると、お兄ちゃん達は毎日の様に海へ行く。小さい頃は、一
緒に連れて行ってほしいと頼んだ事もあったが、泳げない奴は足手まといだからと、いつも
置いてけぼりだった。泳げないから置いてけぼりなのか、置いてけぼりだから泳げないのか、
今となってはよく分からないが、そのうち海に行きたいと思わなくなった。
今年になって僕は、スイミングスクールなるものへ、しぶしぶ通う事になった。そしてそ
れは予想以上に辛かった。どんなに水をかいても、バタ足しても、息つぎをすると沈んでし
まう。水の中では身体が思うように動かない。そんな僕の横で、同世代の選手コースの子達
が本気モードで泳いでいる。本気モードの波がザブンザブンと僕に押し寄せてくる。
「ああ、海の波もこんな感じなのかな」
波に邪魔されながら思った。
海には、いろいろな波がある。静かで穏やかな波もあれば、さざ波のような細かい波もあ
る。うねるような波もあれば、時には人や街を飲み込むような恐ろしい波もある。
僕が泳げるようになった暁には海に行って泳いでみたい。 「待ってろよ、海!」すぐ近くの海に向かって僕は叫んだ。


