【準ざぶん大賞】河童の病気
ある夏の昼、それは突然の出会いだった。 「あの、あなたはお医者様でしょうか」
僕は河童に呼び止められた。驚いて目を見開いたまま声を出せずにいると、河童が怒った
ような目つきになったので、
「はい、僕は医者ですよ。どうしましたか」
と、とっさに嘘をついた。すると、急に優しい声になり、 「『熱はかり』を持っておりませんか」
と河童は言った。
『熱はかり』なんて聞いたことがなかったが、きっと体温計のことだろうと思い、すぐに持っ
てくることを告げ、その場を離れた。僕はそのまま逃げ帰ろうかと思ったが、河童の心配そ
うな、そして疑わしそうな眼を思い出し、体温計と、ペットボトルの水をリュックに入れて、
急いでさっきの場所に戻った。
河童は僕の姿を見ると、ほっとした顔で、僕についてくるように言った。河童の後につい
て草むらを進むうちに、河童が悪さをするんじゃないかと少し心配になったが、僕を呼び止
めたときの河童の目が真剣だったので、僕は覚悟を決めた。
草むらには、小さい河童が一匹、横になっていた。目を閉じていて全然動かなかった。周
りには河童が四匹いて、僕に気がつくと、口を半分開けて、鋭い目を僕に向けた。
「大丈夫、お医者様だ。『熱はかり』を持ってきてくださったのだ」
と、最初の河童が僕を紹介した。すると四匹の河童達はさっと道を開け、寝ている河童の
そばに僕を通した。僕は『熱はかり』を取り出した。すると、一匹の河童がひざまずき、それ
を両手で受け取り、小さい河童の口に差し込んだ。しばらくして、急に叫びだした。
「大変だ、四十度を超えている。汚れのないきれいな水がなければ、死んでしまう」
周りの河童はおいおい泣き始めた。僕は、ペットボトルを持ってきたことを思い出して、
河童の皿にとくとくと水を注いで様子を見た。
すると、小さな河童のまぶたがぴくぴく動いたかと思うと、静かに目を開け、こうつぶや
いた。
「喉が渇いた。このお水が飲みたいな」
僕は、ペットボトルを手渡した。すると、ごくごく喉を鳴らして一気に飲み干し、にっこ
りと微笑んだ。その途端、河童達はギャーギャー騒ぎだしたのだ。抱き合う者や踊りだす者
もいて大変な喜びようだった。僕は恐ろしくなって、今のうちに家に帰ろうと後ずさりをし
た。と、その時、河童がくるりと振り向いて近づいてきた。僕は、恐怖で足がすくんで動け
なくなってしまった。すると、
「本当に助かりました。感謝いたします」
と、泣きながら僕の手を握ってきたのだ。僕はほっとしたのと同時にぞっとした。その手
はヌルヌルして生温かく、気持ちが悪かった。
気がつくと、辺りは薄暗くなり、涼しい風が吹いていた。あの河童達、きれいな川を見つ
け、今も元気でいるのだろうか。


