2011年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  宇佐美 朱理

【特別賞】ももちゃんの海、僕の海

ももちゃんは僕のおばあちゃんです。ももちゃんは瀬戸内海に浮かぶ島で育ちました。海に囲まれた

家で、ウサギやニワトリの世話をしたり、畑仕事を手伝って育ちました。

 

ももちゃんのお父さん、つまり僕のひいおじいちゃんは、塩を作る仕事をしていました。瀬戸内海の海

水から作る塩です。

 

晩ごはんの時、ひいおじいちゃんは、ももちゃんが世話しているニワトリが産んだ玉子を、ご飯の上に

のせて食べます。その美味しそうな事といったら。でも食べられるのはひいおじいちゃんだけ。あとの玉 子は全部売りに行くのです。ももちゃんの口に入る事はありませんでした。

 

ももちゃんは毎日、一時間歩いて学校へ行き、一時間歩いて学校から帰ってきます。帰ってきたらまず、

ウサギとニワトリのエサにする草を刈りに行き、それが終わると畑に行って、トマトとキュウリを採って きます。それを布のきんちゃく袋の中に入れ、腰にしっかりと結びつけ、そのまま走って海へ行き、もも ちゃんは「きゃっほー」と叫びながら、崖から十メートル下の海に飛び込みます。

 飛び込んでは泳ぎ、また飛び込んでは泳ぐ。そのうちお腹がすいてくると、ももちゃんは、腰のきん

ちゃく袋から、トマトとキュウリを取り出して、海水をつけながら食べました。ちょうどいい塩味で本当 に美味しかった。玉子は食べられなくても、それがご馳走でした。

「昔は、ゲームもテレビも無かったからねぇ。海で泳ぐのが唯一の楽しみだったんだよ」

ももちゃんは言います。瀬戸内海のこの海は、ももちゃんの想い出の海なのです。大切な海なのです。

 

しかし、ももちゃんは小さい頃、島から、広島に落ちた原爆の煙を見たと言います。ももちゃんと原爆

の間にあったこの海は、安全な海だったのでしょうか。

 

今、僕も海の近くの街に住んでいます。そして、あの頃のももちゃんと同じように、海で遊び、海で泳

ぎ、十メートル下の海に飛び込んだりしています。

 

放射性物質の海への流出が問題になっている今、僕の海は安全なのだろうか、と不安になります。これ

から先の時代にも海は守られているでしょうか。

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