2017年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  寺谷 亜沙未

【特別賞】四百才の用水

私は、生まれたときから、水の流れといっしょにいます。家のうらに、犀川が流れ、横には、中村高

畠用水という用水が流れているからです。

この用水は、流れが速く、ときどきアユやトンボを見ることができます。

中村高畠用水は、犀川から水が取り入れられて、田畑をうるおして、また犀川へ流れる農業用のれ

きしある用水です。私の家では、この用水に流れている水を、野菜などの水やりに使っています。調べ

てみると、元は、江戸時代より前の天正年間(一五七三〜一五九二年)に作られて、大正七年(一九一八

年)に、中村用水と高畠用水の取り入れ口がいっしょになって中村高畠用水ができたそうです。でも、

かなり古くて、せいびした人などは分からないようです。

私の家の近くに、敬栄寺という寺があります。その寺の横にも、中村高畠用水が流れています。そこ

に大きな木が生えています。

この木はいったい何才くらいなのでしょうか。数百才くらいではあると思いますが、五百才、六百才、

七百才ほどでしょうか。おそらく、用水ができる前から生えていて、もしかしたら、用水のことをすべ

て知っているのかもしれません。その木が話せるなら、ぜひ聞いてみたいです。 金沢三文ごうの一人、室生犀星も、「犀川」という詩を書いています。

「美しき川は流れたりそのほとりにわれは住みぬ」という所から、私は犀星の犀川への愛じょうを感じます。

室生犀星が詩を書くほど愛する、当時の犀川の水は、とてもきれいだったのでしょう。そこから水を

取っている、中村高畠用水の水も、今は、たばこや、いろいろなごみがういていて、とてもきれいとは

言うことのできない水になっていますが、昔は、きれいにすきとおった水だったのだと思います。

私のおじいちゃんも、生まれたときからこの家にいるので、用水は、子どものころ、どんな感じだっ

たのか聞いてみると、

「子どものころは、とってもきれいな水で、飲めるほどだった。魚もたくさんいて、その魚は、さすが

に食べていなかったけれど、すごくたくさんいたドジョウは食べていた」 と言っていました。

私も、そんな、きれいな用水を、見てみたかったです。

きれいな用水にもどすためには、ごみなどを捨てなければいいと思います。一人ひとりが意しきすれ

ば、きれいな用水にもどせると私は思っています。

私たちが意しきさえすれば、用水の水を元にもどせます。

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