2004年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  中村 基克

【特別賞】一杯の感謝の気持ち

「食べ終わったら水につけといてねー」

親が洗面で歯磨きをしながら私にそう言った。

また味噌汁残しちゃったな…ほとんど飲まれてない自分の御椀を見て、そう思った。名古屋育

ちの癖に私は赤味噌が苦手だ。

いつもどおり流しにそのまま捨てようとして、蛇口をひねって水を流した。私の右手は御椀を、

握ったまま流しの上でとまっていた。

落ちていく水に気泡が見えた。先に流しに置いてあった彫刻のされたガラスのコップに落ちて

水がきらきらと周りにしぶいた。

今まで何回でも見てきたはず。食事はいつもこのコップだったし、親はいつもここに置く、あの

時腕が止まったのは、前に見た水と重ねたからだった。 一週間くらい前、車で5時間近くかけて遠くの海に行った。

海の沖まで行き、海水浴客の居ないような所まで行って岩場につかまった。そのとき海の中で

見た光景はどんなものよりも感動的だった。私が水をかくたびに水中で水銀のような銀色の気

泡がきらきらと光りの粒になりながらゆっくりと水面に上っていく、そして水面まで上がると白

い泡になり、岩に当たりしぶく。

波が来て、私が水をかくたびにきらきらと光る。いつまでもいたい。そしてこの光の粒の中に

入りたい。

でも、それは昼の間だけだった。夕方になってくると、波の流れが変わり、たくさんのごみが流

れてきた。スーパーのビニールや発泡スチロールのかき氷のパック、割り箸なんかが流れてきた。

昼に海水浴客が流したのか、遠くの海から流れてきたのか、水面の泡はよどんでしまった。

海のことを思い出して私は、手に持っていたお椀の中に残った味噌汁を全部一気に飲んだ。

たった一杯の御椀分の味噌汁でもこうやって流してしまえば、ビニール袋やパック、割り箸を直

接海に流すのと同じようなものだ。

社会の授業で海や川を一気に汚してしまうのは工場などからの工業排水だと習った。

確かに味噌汁は少ないし、流すか、流さないかで、直接水がきれいになるのかさえ私は知らない。

でも、この一日一杯の味噌汁を流さないことがあのきれいな海に対する私なりの感謝の気持ち

だ。

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