2004年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  中村 基克

【特別賞】海がわらうためにできること

わたしのいる六分田では、夏休みが始まると毎朝六時半からのラジオ体そうが始まります。

たった一週間だけど、夏の間で一番早くセミの声を聞く一週間でもあります。朝ねぼうの

わたしは、六時に起きてボーっとしながら、ジューリジューリとビーチサンダルのうらを地

面にすりながら、あくび顔で下市公園まで歩きます。

なんでねむいのに、がんばるのかと言うと、最終日に花火がもらえるからです。いろいろ

な種類の花火がセットになったごうかばんで、わたしの夏のお楽しみの一つなのです。

その花火をきのう春日浦の海岸に、父と母といっしょにやりに行きました。父は、夜帰り

がおそいので、ひさしぶりのお休みがとれたきのうはラッキーチャンスデーでした。わたしは、

ウキウキ気分で花火をだいてチャッカマンを持って春日浦の海岸まで父と競争しながら走っ

て行きました。

すぐに海に着きました。でも何かが変です。夜のせいなのか海がさびしいような悲しい

ような顔をしているように見えました。砂浜を見てみると、いつもよりたくさんのゴミがお

しよせられているように見えます。

自分の体にこんなにたくさんのゴミをくっつけられたら、どんな気持ちだろう。海は手足

がないから、自分で取ってゴミの日に出すことができません。それにこのゴミを出したのは、

人間です。海は自分でゴミを体につけたのではなく、手足がある人間が海の体につけたので

す。

そしてもう一つ悲しかったことが、ありました。それは、リサイクルできるものがいっぱい

砂浜に捨てられていたことです。わたしは、この春クリーンセンターを見学してゴミのリサ

イクルの大切さをセンターの山本さんに教えていただきました。一つ一つのリサイクルが地

球の命をささえていると習いました。だれが、ここに捨てたのでしょう。

ずっと楽しみにしていたわたしの花火は、海の顔と同じさびしく悲しい時間になりまし

た。帰りの道は、ゆっくり歩いて行きました。その帰り道、父に

「海は、水の母という字を書くだろ。海に生きるものすべてのお母さんなんだよ。人間に魚

や海そうをプレゼントしてくれて、夏にはたくさんの思い出もくれる大切な海なんだ」

と教えてもらいました。

「明日、早起きして春日浦そうじしたい」 わたしは父に

「起きれるのか」と頭をなでながら言われました。ぜったい大丈夫です。なにも、もらえな

くっても早起きします。海の体の大そうじのためです。

次の日、たくさんのゴミとペットボトル、アルミカンが海の体から取れました。海が気持

ちよさそうな顔に変わりました。

わたしは海にいつもわらっていてほしいです。

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