2007年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  武田由希子

【奨励賞】感謝の気持ちを持って

目の前には、夏の強い太陽の日差しを浴びキラキラと光り輝く海が広がっていた。改めて、私が通う

中学校は、海に囲まれている、と感じた、ある夏の日であった。

私が知っている海、若狭湾は、とてもきれいである。水底まで見えるすき通る海、どこまでも続く水平

線、海に向かって糸を垂らすつり人。平和な海が、そこにはあった。この先も、ずっとその海がきれいなまま、今の環境を維持していくと信じていた。

しかし、今の海は、決してきれいとは言えない。そう、私達の海も、世界中の海であっても。

私達の生活は、海とは切っても切っても切り離せない。かなり、助けられている。

例えば、もし今、いきなり海がなくなれば、降水量が減り、大幅な水不足となるだろう。水不足にな

れば、私達の生活は、かなり不便になり、降水量が減れば、森林が育たなくなる。雄大な自然がなくなって行くのを、私達は、ただ、見ていくことしか出来ないのだろうか。また、海がなくなれば、魚がいなくなり、私たちの食卓は、とても、貧しいものとなるであろう。魚がいなくなれば、困るのは私達だけではない。魚を食料としている海鳥たちも、きっといなくなってしまうだろう。そうすれば、私たちの世界から、大切な生き物たちも、いなくなっていくだろう。そしてまた│そしてまた│と、悪循環のサークルから、私たちは、抜け出せなくなるのではないだろうか。それでいいのだろうか。

今、循環のサークルがこわれていく様な事が、明らさまに進んでいる訳ではないが、少しずつ、進ん

でいるのではないかと感じている。

まず、浜辺には、たくさんのゴミが目につく様になった。ゴミを捨てる人が増えたという事、そしてゴ

ミの増加により、直接的に水質汚染の原因に結びついているのが現実だ。夏には、海水浴場に、笑い声

が溢れかえる。夏の風物詩。ひと夏の、輝く光景である。しかし、輝けば影もできる。その裏で、かなりのゴミが放置されている。ジュースを飲んだ後の空カンや、昼食時のナイロンゴミ。ありとあらゆるゴミたちが、所せましと捨てられている。

そこで私達、養老中学校は立ち上がった。「美化奉仕作業」これは、何年か前の、生徒会の人達が設け

た生徒会行事なのだが、ここ何年も存在し続けている。地域の道路や浜に全校生徒が出向き、ゴミ拾い

をするというものである。私が、生徒会役員になったのも、この美化奉仕作業を残したい、と思ったからというのもある。それに、この行事はたくさんの人に感謝されている養老中の恒例行事でもあり、私たちは、今までたくさんのゴミを拾って来た。しかし、一向に減らない。

そこで、昨年の三年生は、拾うだけでは減らないゴミを捨てさせないことが重要になるのではないか

と、卒業製作とし、看板を製作した。今もその一つが養老漁港の中に立っている。それによりゴミが完全になくなった訳ではないが、昨年よりは確実に、ゴミは減りつつある。 「ゴミを捨てないでおこう」

と思い、ゴミを捨てない、という気持ちを持ってくれる人が一人でも増えたなら、立派な成果ではない

か。美化奉仕作業、これは、私にとってゴミを拾うだけではなく、町、そして海に、感謝を表すことの

できる行事でもある。

多くの人は普段、何気なくある海がもし無くなったらなんて考えないだろう。でも考えてみると、私

達は日本という島国に住んでいる。海は切っても切っても切り離せない生活の糧である。海は雄大で、私達を見守ってくれていると私は最近、深く感じる様になった。たまに、海は荒れ狂う時もあるけど、またそれも海、助けられている紛れもない海だ。

いつもは、私達が海に助けられている。私達に、海を助けることはできないのか。私は、ゴミだけに限

らず、一人でも多くの人が、支えてくれている海に感謝し、海を大切に育てていくことが、海を助ける

という事に、直接結びつくのではないかと思う。

海と、私達の生活。大切にしていかなければならない水質資源。そして、感謝。もう一度、深くもぐっ

て考えてみて欲しい。「海が無くなったら」│…

支えられている私達。支えていかなければならない私達。歯車がうまくかみあえば、きっと、私達の海

は、もっと輝きに満ち溢れるだろう。そして私は、これからも、海と一緒に生きていく。共存する。この雄大な海面にたくさんの感謝の気持ちを、映し出しながら│。

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