【特別賞】正吉と海
この日も正吉は学校の清掃をだらだらとこなしていた。このたいくつな十五分間も、そろそろ終わろう
という時、正吉は異様なめまいを感じた。次の瞬間、突然周りがガタガタと大きな物音をたて、友達も一 斉にさわいだ。めまいではないと気付き、その場にしゃがみ込んだ。震度七であるかも分からず、ただ、 恐怖と何かがうずまいていた。
正吉は海が大好きだった。夏は泳いで冬は釣り、春と秋は気分の赴くままに生きていた。海がとにかく
大好きで、岩手の海は冬でも充分魚が釣れるのだ。
本来はその日、何も無いはずの、いたって普通の日になるはずで、三月十日の夜、正吉は母親とケンカ
してしまった。ひょんな事から始まり、正吉の心の中はずたずただった。
三月十一日の朝がやって来た。いつものように学校へ行き、授業を受け、給食を食べ、掃除の時間とな
り、いつもとは何一つ変わらない一日になるはずだった。
ところが、そうはいかず、二時四十六分、大きな地震が東日本全体におそいかかったのだ。やがてその
大地震は大津波へと姿を変え、正吉の故郷、思い出の詰まった公園、正吉の家、友達の家、そして、いつ も魚と一緒に泳いだ海岸、すべてが壊されていった。正吉達は、高台に避難せよと一足早く逃げていた。
目前に広がっていたのは、家が浮かび、木材が泳ぐようにただよい、やがて他の木材にぶつかり、一つ
の塊になっていく、見た事のない世界だった。漁船がひっくり返り、岸の方にどんどん流され、壊された。 船はその運命を悟っているかのようで、正吉は、ただあ然とするばかりだった。
海が、町を壊していく。海が、人を殺していく。海が、あれだけ仲よしだった海が、何かにとりつかれたかのように、あの頃とは全く違った表情を見せていた。
幸い津波に侵食されなかった遠くにある小学校で、その夜は過ごすことになった。しかし正吉は、すぐ
に眠れる訳がなく、「全てが消えた」と心の中は何も残っていない。まだ帰らぬ父親の事も、最悪の結果 になることを覚悟した。正吉は、海が大嫌いになった。
次の日、ラジオも何もない正吉と、父をのぞいた一家には、情報が足りず、父親はまだ帰ってこず、周
りには両親がいない子供や、泣きじゃくる人達もいて、そんな姿を見ていると、正吉も涙が止まらなく なってしまった。
あの悲劇から数週間が経ち、多少は落ちついたが、いまだに父親は帰ってこない。正吉はいてもたって
もいられなくなり、雪がひらひら降りそそぐ中、がれきの道なき道を乗りこえ、あちこち探し回った。正 吉の父は漁師で、『あの時』は大海原でカツオをとっていたはずだ。正吉が遠くを見わたすと、不吉な物 が遠くにあり、正吉の胸が一瞬つかったようになった。まさかと思いつつ、その不吉な物にかけよってみ ると、正吉は絶望に追いやられた。
そこにあったのは、正吉の父親が乗っていたはずの漁船の、無残な姿だった。正吉は無心で船の中を探
したが、乗組員の姿はなかった。海にいるかとも思い、堤防へも行った。しかし、そこに堤防はなかった。 そして、父の姿も…。
それから三ヶ月が過ぎ、世間は復興、復旧と盛り上がってきたが、食べる物が何も無くなってしまった。
正吉の母は、自分の食糧も正吉にくれてやり、震災の前夜、あれほどのケンカをしていた事も
忘れていた。
どんどん復旧が進み、サンマ漁が始まり、やがてはカツオ漁も始まり、食糧も出回ってきた。日本中が
応援してくれている。正吉はあれから海を避けてきた。海がトラウマになっていた。しかし、食糧が魚になり、避け続ける事もできなくなった。一口、あの海でとれた魚を口にふくんだとたん、正吉は涙をぽろ ぽろこぼした。
やはり、人は海なしに生きていけないと、正吉は心を入れ換えた。それからというもの、正吉は海岸に
流されたがれきや木材などを撤去する活動に、積極的にとりくんだ。またあのきれいな海をとりもどす ために。
これからは、たくましく生きていかなくてはならない。海と、母と、そして、今は亡き父と一緒に、乗
りこえていかねばと、正吉はゆっくり空を見上げた。


