【奨励賞】朱に染まる海
赤く赤く染まる海を見つめて、ぼんやりと血の色のようだ、と思った。 空は快晴。夕陽が反射しているわけではないことは明らかだった。
僕は手に持っていた釣り竿を握りしめた。傍らには、今晩のおかずにしようと思っていた魚。ピシャリ
と水しぶきを上げて跳ねている。視線をその魚に移し、目を伏せた。
赤く染まる海、赤潮については、僕は小学生並みの知識しか持っていない。だが、それが発生すること
によって、魚たちが減っているということは知っている。 「…もしかしたら、この魚も…」
今、僕が釣っていなかったら、きっと他の魚たちと同じような末路を辿っていたのだろう。
再び目を開いて魚を見ると、疲れを知らないのか、末だ衰えることなくピチピチと跳ね続けていた。
…まるで、仲間の死を悼むかのように。その魚の目からは、うっすらと朱に染まった雫が溢れていた。
「…ちっくしょ…」
僕は神ではない。善人でも何でもない。変わり果てた海を眺めても、次々と死んでゆく魚たちを見よう
とも、何もしてやれることはないし、あったとしても実行しようとはしないと思う。なぜなら、そんなものがあるとすれば、僕ではない誰かがとっくに実行していただろうし、今現在こうして海に異常が起こっているということは、それの効果はなかったということになるからだ。
僕は小さく吐息をついた。昔から諦め癖のある僕は、やっぱり今回もさっさと諦めてしまうのだ。
しばらくぼうっと何をするでもなく、ただつっ立っていると、僕の頭上で鳴き声がした。のろのろと顔
を上げると、空の一部が白く染まっていた。そしてそれは僕の頭上を通り過ぎ、あの海の上へ移動した。
目をこらして見てみると、どうやらそれはカモメの大群らしかった。確かに先程聞いた泣き声は、カモ
メのそれだったように思う。
カモメの群れは、海の上で旋回している。どうやら獲物を狙っているらしい。そのうちの一羽が魚をく
わえ、先頭をきって飛んでいくのを、僕はただ黙って見送った。
しかし、…僕はこの目を疑った。なんと、そのカモメは、近くの岩に降り立って魚を何度かくちばしで
つつくと、バタバタと苦しそうに羽を上下させ、そして…事切れてしまったようだった。
…この海には、悪魔が住んでいるのか。そんな非現実な考えしか浮かんでこない。
「ちくしょう…ちくしょうっ!」
海に向かって大声で叫ぶと、カモメたちは自身の羽を広げて飛び去っていった。
…この僕の涙で、目の前の海を浄化できたらと、何年かぶりの涙を流して切実に願った。


