2004年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  森つくし

【奨励賞】語るは水の昔話

昔むかしと言っても、今から四〇〇年以上も前のこと、一人の少年とおじいさんが、一つ屋根の下で暮らしていたとさ。

しかも少年は今の世の先を見たと言うものだから、人々はこぞって聞きに来たそうな。

しかし少年は、ぶっきらぼうに返したと。 「今の方が良い」

少年、名を史釧(しせん)と言うたそうな。

史釧の言うに、おじいさんは釣りをするから、その間、泳いでいようと思ったんだと。

ちょうど真夏の水無月だったそうな。身を切る冷たい川が心地よく、長い間どことも知らずに泳ぎ続けていたんだと。

しばらくして、史釧はまた水面から顔を出したそうな。その時、鋭い声がしたんだとさ。「おい、坊主。こんな川でも泳ぎたいか?」

まず目に飛びこんできたのは、見知らぬ男の顔だったそうで。その後ろから、黒い服にみを包んだもう一人の男が言ったんだと。

「警察がでる必要はありませんね?」

はじめの男が苦笑して黒服の男に何か言い、史釧を川から抱き上げたそうな。そして一瞥を向け、どこかへ行ったと。

しばらくして、史釧は初めて空気の煙たさに咳込んだとさ。

「ここ、何処だ?」

気がつけば、眼下に流れる川は淀んでいて、魚のかわりに白い物が浮かんでいたそうな。何より、今立っている草むらが、硬く平たい石(コンクリート)の上に乗っかっていたのに、驚いたと。

突き出た岩の上、やせた鴨が飛び立った。 「……ここは、三途の川か?」

それからしばらく、その川の土手を、史釧はただ呆然と歩いたと。しかし、行けども行けども川底は見えず、ついには魚の一匹すら見なかったことに愕然としたそうで。

その時、やっと思い当たったと。

「もしや、ここは話に聞く『世の先』か?」

不意に、以前私の口から聞いたことのある話を、史釧は思い出したそうな。 『戻りたくば、来た道を戻るべし』

そして、史釧は淀んだ川に潜り、こちらへ戻ってきたとさ。

「やはり、川の中で目は開けられなかった」

それほどまでに、水は茶色く苦く、見るに耐えなかったと。澄んだ水の中を、光を浴びて輝くフナが懐かしかったと。

これがもとで、史釧は川を守ることを決意したそうな。かの武田信玄に対しても、堤づくりに反対したと。

だが、村が洪水から救われたときには、感謝していたがな。 さて、私の語りはこれで終り。次を楽しみにしておいで。

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