2014年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  小辻 希

【特別賞】「入江のほとり」への思い

西風の凪いだ後の 入江は鏡のようで 漁船や肥船は 眠りを促すような 艪の音を立てた白鳥

 

この文章は、今から約百年前の一九一五年に発表された、正宗白鳥の「入江のほとり」の一節です。 私は夏休みに父の実家に帰省している時、近くの公園で遊んでいて、この一節が書かれた石碑を見つ

けました。解説を読んでみると、正宗白鳥はこの土地で生まれ育ち、東京専門学校(現早稲田大学)、 新聞記者を経て、自然主義作家として活躍した人のようです。そのような偉い人が父の故郷にいたとい う驚きと共に、「入江のほとり」の一節が私の心に響きました。

帰省中には父の先祖のお墓参りをするために、裏山に登ります。細く険しい山道を登って振り返る と、太陽の光に反射して鏡のように輝く入江が見えました。

「あっこの景色だ」

私は思わず正宗白鳥の一節を思い出し、口に出していました。お墓参りには、花や水を持って重いの でとても辛いけど、この景色を見ていると心が透き通り、気持ちが大きくなり、前向きになれる気がし

ます。きっと正宗白鳥もこの景色を見て私と同じように感じていたはずです。

このように海は人の心をいやしたり、輝かせたりする反面、人の命を奪う恐ろしい面もあります。 実際、今から六十年ほど前、私の父の祖父と叔父は、この入江で亡くなりました。父の祖父は、海に

落ちた幼い息子を助けようと海に飛びこんだそうです。

私の父の祖母は今年で九十五才になりました。耳も遠く足腰が弱くなってきましたが、亡くなった家 族の分まで長生きして欲しいです。

東日本大震災でも多くの人が津波にのみ込まれて亡くなりました。高い堤防があっても、自然の力は 強すぎて、逆らうことが出来ません。

海はたくさんの生命を創り出します。海や川が存在しない場所に生命は存在しません。しかし、海は 生命をおびやかすものでもあるのです。

この入江には、今も多くの漁船が停まっています。牡蠣の養殖にいかだも見えます。今の船はモー ターで動くので艪の音はしませんが、鏡のように輝く入江は今も昔も変わらず正宗白鳥も、祖父も父 も見て育ったのです。

私もこれから何度もこの入江を見ることになるでしょう。その度にこの一節を思い出し心を輝かせる と共に、命の大切さを実感していきたいです。そしてこの景色がいつまでも変わらないでいて欲しいと 願っています。

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