2012年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  橋爪 久仁子

【特別賞】ウォーター・メモリー

 

水。それは私達生物には欠かすことのできない大切な液体である。水は、雨となって地上に降り注が

れ、多様な役目を果たした後に空へと帰ってゆく、〝再生〞をくり返す物質だ。それが何百年、何千年、何万年、何億年と続いてきた。そして、今日もそれは受け継がれ、続いている。 「水って、不思議だよねぇ」

 

同級生の一人に、そう言われた。季節は夏。その時の空は晴天で、浸っていたプールは本当に気持ちが

良かった。そして、そんな時に言われた一言は、私の心に深くひっかかった。両手にいっぱい、水をくんでみる。プールの水は青いはずなのに、手の中の水はかぎりなく透き通っていた。少しずつ、手のひらからこぼれ落ちてゆく、そんな水を見ていると、次は、私が泳ぐ番になっていた。

 

今年の授業は主に背泳ぎだが、ウォーミングアップとしてその日は潜水をくり返していた。足を壁につ

け、前方との間を取る。右手を左手の上に重ねて、思いっ切りける。体は急速に押し出され、水を切り裂いていく。その瞬間に、ゴーグルが取れた。一瞬むせりそうになったが、堪え、目の前の世界を裸眼でおそるおそる見た。そこには。

 

古代生物が、いた。今から思えば、おそらくカンブリア紀の生物だろうと思う。でも、その時の私は、

全てが停止していた。何だかもうわけが分からなくなっていた。ただ、手をクロスして、水の深くに潜んでいた。古代生物は私には全く気づかないようで、皆スイスイと私の横を通り抜ける。私の思考回路が作動し始めたのは、カンブリア紀最強の生物だったアノマロカリスが、私の横を通りすぎて行ったからだった。

 

 

しかし、思考は戻ったものの感覚はなく、フワフワとしていた。ぼぅと目の前の景色を見ていると、

ニョロリとした生物が私の前にいた。その生物の体には、一本の線が透けて見えた。目も何もないのに、視線は真っ直ぐ向けられていた。まさか、あり得ない。と思ったが、視線は感じ続けていた。改めてその生物に目をやると、何かが心の奥から沸き出るような感覚を覚えた。その感覚は強くなり、よく分からない温かさを感じた。届きそうで届かないような距離に手を伸ばした、その時。

 

コンッという音に驚いて目を見開き、そのままプハッと顔をあげる。すると、目の前には壁があり、後

方では歓声の声が湧き出ていた。どうやら、二十五メートルを泳ぎ切ったらしい。急いでプールサイドに出て、前の方へと戻った。その時に浸った水の感覚は、今でも忘れられない。

 

あれは何だったのかと、今も思う。しかし、あの温かみを帯びた生物は、私達の祖先なのではないかと

思う。そうならば、あれはきっと水が見た記憶ではないかと思う。

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