2011年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  橋爪 久仁子

【特別賞】水の二つの顔

 

今年の三月十一日、東日本大震災が起きました。そして、太平洋側の至る所で津波が起こり、太平洋沿

いの県は停電と断水に見舞われ、福島原発は津波に襲われ制御不能となり、水素爆発が発生してしまい ました。私の住んでいる東海村でも、三日間は電気が使用できず、水道も約一週間使用できませんでした。

 

電気が使用できなかった三日間、私と家族は、リビングに毛布を持っていき、ずっと寝てばかりでし

た。電気が復旧して、近所の人が井戸水をみんなに分けてくれたので、トイレも使用できるようになりま した。おかげで、ある程度動きがとれるようにはなりましたが、体を洗うことはできなかったので、髪は 油っぽくなり、体は服とともに少し汗臭くなっていき、とても変な気分になりました。いつ、水道が復旧 するかは分からなかったので、あまり水を使えずにいました。

 

やっと水が復旧した夜、私はいつもより長めにお風呂に入って、久しぶりにサッパリすることが出来て

良かったなぁと思いました。その頃から、だんだんお店が営業し始めました。それから約二週間後、東海 村でも今までのいつもの生活をとり戻すことができました。

 

それから、五月のゴールデンウィーク中に、私達は、福島県の相馬市にある祖父母の家を訪れました。

幸い祖父母の家まで津波は届きませんでしたが、目と鼻の先にある近所の家には、瓦礫が山積みにされ ていました。親戚の家は流されていて後片もなく、船は、道路に乗り上げてしまっていました。

 

今回の東日本大震災で私は、水の二つの顔を思い知りました。一つは、大地震により発生した津波が、

たくさんの人々の家を流し、多くの人の命を奪い、福島原発を制御不能にさせ、原発周辺の人々を避難せ ざるをえない状況にさせた、水の恐ろしい顔です。    

 

もう一つの顔は、生きていくためには必要不可決な水です。水を飲んでいかなければ生きていくことな

ど出来ないし、電気と共に生活を豊かにするには必要な存在です。電気だけ復旧しても、満足に生活す ることは出来なくて、清潔な体にすることは不可能でした。

 

私にとっての水は、なくてはならない存在です。津波を目の当たりにした被災者は、水はとても恐ろし

く、この世で一番恐怖の存在だと考えるかもしれません。しかし、生きていなければ、そのように考える ことは出来ません。

 

生きていくためには、どこかで絶対に水が必要になってきます。津波で被害にあった人ほど、あらため

て「水の二つの顔」を理解しているのではないかと思います。

 皆さんにとっての水は、どんな存在ですか。

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