【奨励賞】おいしい水
ぼくの家では、まだ、地下水。
「う〜、おいしい。足柄の家に来たら、この水が何よりのごちそうだわ」
東京から来るたびに、東京のおばちゃんはそう言う。そして、帰りには、かならずからのペッ
トボトルに、お水をいっぱい入れて持ち帰る。どんなごちそうよりも、この水がおいしいとい
う。
(お母さんのおりょうりのほうが、ぜったいにおいしいのになぁ〜。) と、ぼくはいつも思う。
ぼくの家のまわりや、友だちの家でも、ぼくんち以外は、みんな町水道をつかっている。
ぼくの家でも、町水道はひいてあるけど、止めていて、地下水を利用している。じゃ口をひね
れば、『ジャー』とでてくる同じ水なのに、地下水は、あつい日も、さむい日も、いつだって
つめたくて『スウー』とのどのおくにしみこんでくる。
今年の夏のこと。友だちの家でのどがかわいたから、水をコップ一ぱいもらった。
「あれっ?」
なまぬるくて、ちょっとかわった味がした。もう一口のんでみたら、やっぱり同じ。ぼくは、
家に帰ってから、お兄ちゃんに、
「ねえ、にいに。にいには、友だちの家でお水、のんだことがある?」 と聞いた。
「あるよ、でもまずいからのまない。帰ってきてからのむよ。何で?」
とぎゃくにきかれてしまった。それで。ぼくは、友だちの家でのんだ水が、ぼくんちの家の水
と味がちがったことをはなした。すると、
「あたりまえだ。うちのは、しぜんの大地の水だからなぁ」
と言ってでかけてしまった。それで、ぼくは、その『大地の水』について、自分なりに考えて、
考えて、答えをみつけた。
『水』のおいしさは、地球のけんこうをあらわしている。水にしょうどくのにおいがするっ
てことは、地球がびょうきで、くすりをたくさんのんでいることをあらわしている。
『海』が、『ザ・ザブーン、ザ・ザブーン』と強くさけんでいる時は、台風やあらしで、ぼ
くらにきけんがせまっていることを教えている。
『川』が『チョロチョロ、サラサラ』とゆるやかに流れている時は、ぼくらが、安全である
ことをあたたかくいわっている。
海の水。川の水。水道の水。
すべての『水』は、きっとぼくらに何かを話しかけているんだと。


