2007年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  右岸恵美子

【奨励賞】すばらしきこの水

二〇〇七年八月、十三歳の僕は、その日まで水をバカにしていた。水なんて蛇口をひねればいつでも出 てくる。そこらの公園にも水道があるし水なんてどこにでもある。ぼくは水なんかよりコーラやジュースが大好きだった。そう、水の大切さを知るその日までは…。

ある日、僕は、ホースを使って水を撒き散らして遊んでいた。すると突然背が縮んでいくのを感じたん

だ。足元を見ると、なんと僕自身が水になっていた。足から腰に腹から胸へと水になっていく。最後に喉から顔までが水になろうというときに僕は叫んだ。 「助けてくれ!」

しかしその叫びは、ただ空しく消えていった。そうだ、みんな買い物へ行ったんだった。そう考える間も無く僕は完全に水になっていた。そして出しっぱなしのホースの水と一緒に用水路の方向へ流れていった。

いやだ、行きたくない。しかしどうやってもその願いは、叶わなかった。

僕は流れた。用水路の流れは人間の自分が思っていたより速かった。僕は考えた。このまま家族と離れ

ばなれになるのか?人間に戻れるのか?すると頭の中に声が流れてきた。 「水になった気持はどうじゃ」

そこには老人の顔がくっきりと見えていた。

「誰だ、おまえ!」

と僕は叫んだつもりだった。しかし、声が出せない。

「『誰だ、おまえ!』とでも言いたいのかな?」

老人は笑うように言った。

「わしは水の神」

老人はそう言った。

「水の神?」

やっと声が出た、と僕はちょっと安心した。

「水をバカにする奴は、水になってみるといい。もしお前に水の大切さがわかったら人間に戻してやろう」

そう言うと老人は、消えていった。

はぁとため息をつくといきなり下へ落ちていった。そこは川だった。川はいつもより広く見えた。自分

の内を魚やザリガニが通っていくのは、何ともくすぐったかった。小学生の男の子のグループが石で水切りをやっていた。僕の足に石が当たった。水になって足が消えたかと思ったが足の感触はまだあったのだ。

何度か腹や顔にも石が当たった。そのときわかったのだ。水は、身体の一部なんだ。

流されて気がつくと僕は海にいた。熱帯魚や貝、海草などがいた。海の生物に見とれているうちに、水

になったことなど忘れていた。いや、忘れていたと言うよりも水になったことが心地よく感じられるようになっていたのである。

空は真っ青だ。水面の近くを泳いでいると、僕の身体が軽くなるのを感じた。そうか、水蒸気になった

んだ。上昇しながら気がついた。するとどうだろう。あんなに晴れ渡っていた空が曇ってきたのである。

水蒸気になった僕は、その曇り空の中へ包み込まれていく。もう恐怖感などなく、あるのは冒険をした

いという気持ちだった。次はなんだと期待していたそのとき、急激に落下し始めた。地上約千二百メー

トルの高さから。叫んだ。喉がかれるくらい叫んだ。この高さからパラシュートも何もつけないで飛ぶのは危険このうえない。しかし落ちながら気づいた。今度は雨になったということが。どこへ落ちていくんだー。

落ちた場所は、水の上だった。 「どこだ?ここは」

と小声でつぶやいた。見る限りでは自分と同じ雨や川の水などがプールのような場所にためられていた。

するといきなりほかの水たちが動いた。 「なんだ!」

そこには、大きな機械があった。しばらくその機械に自分の身を預けるとわかった。ここは前に一度だ

け学校のみんなと見学しにきた場所だ。「K浄水場」。確か水をきれいにして家庭へ送る場所だ。そこで僕はきれいにされていった。そして何かに引っ張られるように水道管を通っていったのである。

水道の蛇口から出られるとそこはコップの中だった。見覚えがある。ここは自分の家だ。どうやら僕は、父さんに飲まれるらしい。

僕はとっくにわかっていた。水道をひねると出てくるのが当たり前と思っていた水が長い時間をかけて

作られていること。水なんてどこにでもあると思っていたけれど父さんの見ていたテレビには、泥水しか飲めない子供が大勢映っている。水のない生活などあり得ないのに僕はそんなことに気づきもしなかった。そう思っていた瞬間、僕は人間の姿へ戻ったのである。父さんはびっくりしていた。

「おい、どこから出て…」

僕は父さんの言葉など聞かずに水を飲みに行った。

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