2007年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  井伊こうじ

【特別賞】砂漠のとなりに住む人へ

君にあてる手紙は、まだ二通目だ。言い訳じゃないけど、なかなか出せないんだ。

前の手紙で言えなかったことがある。

僕は小さい頃、「外国」という名の国があるものと思っていたんだ。いつも、森の中を歩

むインディアンのシルエットを思いうかべて、その想像世界がアメリカのことだったと解っ

たのは、学校に通い始めてからだった。君の国のことはまだ知らなかった。ごめん。でも、

だんだんと勉強をして本を読んで(勉強と読書は全然ちがう)、知ったよ。君の国のことも、

君が茶色くにごった水を飲んでいることも。それに、アメリカの都市がどんな所かも。

アメリカを知ったとたん、幼い僕は計画を立てた。君の国の人と、僕の国、そしてアメリ

カの人とで、一年ごとに住む所をとっかえたらどうかって。すごくいい案だと思ったんだ。

でも君はまた怒るかな。怒るというか、あの時みたいな顔を、するかな。

僕らは、僕の国から君の家へ向かっていて、あの時、もう君の家は近かった。僕らの車の

まわりには、遠い井戸に水をくみに来る子たちがたくさんいた。僕は君のとなりで、飛行機

の中で買ったジュースを持ったままでいた。ひとけがないのを確かめて、ふらふらと肩で息

をして水をくむ少女に、ジュースをあげた。

とたんに、目いっぱいの死角から十人近くの子どもたちがあらわれて、ジュースの奪いあ

いを始めた。喧嘩なんてものじゃなかった。戦争だった。

それからの君はすこぶる機嫌が悪くて、僕は閉口してしまった。機嫌をなおすとか、そん

なものではない気がして……悪かった、いけないことだった、と思ったんだ。でも、何に対

して誤ればいいのかわからなかった。

今ならわかる。時間をかけて、じっくり考えたんだ。君たちには言わずと知れるタブーが

あって、言われなくとも守っている。僕はそのタブーを、最初のうちは「理解できなかった」

のが悪かったんだとふんでいた。でも本当は、「知らなかった」ことこそが悪かったんだ。

君はあの時こう言った。

「子どもたち全員にあげられるのなら、別にそのジュースだってあげても良かったのに」

僕はたった今だって、あの時の「戦争」で地面にぶちまけられたジュースを、鮮明に思い

おこすことができる。本当だ。

君は、前にあてた手紙に返事をくれたね。でも今回は、別にくれなくたっていいんだ。お

金とか、そういう問題じゃない。この手紙の返事は読むのがこわいし、何より、じかに会っ

て話した方がいい。かた苦しい話はやめよう。僕も井戸掘りを手伝いたいんだ。無神経な僕

を死ぬまで使いっ走りにしたっていい。おみやげにジュースなんて絶対に買って来たりしな

い。全員にジュースをあげることは、今の僕にはできない。本当にごめん。

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