【特別賞】水のある暮らしについて
ぼくたちの暮らしの中には、当たり前のように水があります。のどがかわいたとき絶対ほ
しくなるのが水。食器や洗たく物を洗うのも水。トイレのあと流すのも水。一日のつかれや
汗を落とすのも水。水がなかったら、ぼくたちの生活は成り立たないと思うほど、水は必要
なものです。
でも、水のある生活が当たり前ではないのだと思うことがありました。それは、二年前に
起こった「福井豪雨」です。
今年の七月、全国各地で集中豪雨があって被害がたくさん出たみたいですが、坂井市で
も、川の水があふれて、床下しん水や道路の冠水の被害がありました。福井市では、くずれ
てきた土砂にうまって亡くなった人もいたそうです。ぼくは、なかなかやまない雨を見なが
ら、二年前の福井豪雨を思い出してちょっと怖くなりました。
二年前の七月、ひどい雨の中、ぼくは合宿で山のキャンプ場にいました。帰る前、むかえ
に来てくれたお母さんが顔色を変えて、 「帰れないかもしれない」
と言いました。ぼくは、どうしてそう言うか分からないまま車に乗りました。
でも、すぐその答えが分かりました。ずっと降り続いた雨で、山道には滝のように水が流
れ、流木が転がっていました。とりあえず山を降りたら、今度は、田んぼと道の区別が分か
らなく、辺り一面湖になっていました。車がういてしまうのかと思うほどの水位で、バシャ
バシャと水しぶきを上げながら、車ごと泳いでいるようでした。消防車がゆう導してくれて
やっと家に帰れましたが、もう少し出る時間がおくれていたら、ぼくは二・三日山を降りら
れなかったかも知れません。
その時福井に降った雨は、てい防を破かいし、たくさんの人の家や車を飲みこみ、生活を
完全にまひさせてしまいました。ひなん所に行くのに道路を歩こうにも、漂流物がプカプカ
ういた水に胸までつかる状態でした。
水が引いた後もすごかったそうです。夏の暑さで臭いがひどく、水も断水のため、トイレ
や風呂どころか飲み水の確保が大変だと、ボランティア作業に行ったお母さんが話してくれ
たのを思い出します。
ぼくたちは、水が無くて辛いという経験をしていないので、蛇口をひねれば水が出るとい
うのが当たり前の感覚かもしれません。スーパーでもいろいろなミネラルウォーターが並ん
でいて、水を買うのも、少し前はぜいたくな感じでしたが、今はそうでもないようです。
でも、「水」を当たり前に感じるのは、良質の水がちょうどいい量で供給されているから
だと思います。自然災害はとつ然起こります。あの時の豪雨のように、生活がまひしてしま
うほど集中して降ったり、一方で雨が少なくて作物の成長が悪かったり、人の力ではどうに
もならないのが自然の力です。
最近、広島県で、送水管の事故で断水が続いているとニュースで見ました。自然災害が起
きなくても、事故などで簡単に人の生活は混乱してしまいます。
水は、体のかわきを防ぎ、きれいにしてくれます。どんな器にも落ち着くことができるし、
どんなものにも染みこめます。また、よごれや悲しみを洗い流してもくれます。でも、時に
は手に負えない自然の力がぼくたちを襲います。
豪雨の時、雨が降ったおかげで水が絶たれました。ぼくたちの体から流れでた水は、時間
を経て水蒸気となって、雲になって雨になって、またぼくたちに降り注ぎます。こうして、
水はずっと巡っているのだとしたら、そのどこかが狂ってしまったら、ぼくたちの生活や命
など成り立たなくなってしまいます。
ぼくたちが、水のめぐみなど自然への感謝の気持ちが無くならないよう、豪雨は水のある
生活の尊さを教えてくれたのだと思います。


