2006年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  蓬田 やすひろ

【準ざぶん大賞】海とぼくら

ぼくは今まで、海を見たことがない。この町の隣の隣の町に行けば海はあるらしいんだ。

ぼくの友達の、『ゆうき』と『よしたか』も海を見たことはないんだって。

この前、先生が授業で

「川をずっと下っていくと、海はあるんだ」

と言っていた。だから、ぼくの町にある『翡翠川』を下っていけば海に行ける。そう思う

んだ。

ぼくらは児童養護施設に住んでいる。名前は『椿園』で、ぼくらの名字はみんな椿だ。ぼ

くの名前だけ、園長先生がつけてくれたんだ。ぼくは生まれてすぐに施設の前に捨てられて

いたから、名前がなかったんだ。ぼくの名前は『咲』。来た日に園の椿が綺麗に咲いていた

からとつけてくれた名前なんだ。ゆうきとよしたかもここに来た理由があるけど、悲しい理

由だから、今はまだ教えられない。

園長先生は優しい。でも、海に行きたいなんてわがままは言えない。育ててくれただけで

も感謝してるんだ。

もうすぐ夏休み。ぼくらは海に行く作戦を話し合っていた。海までは歩いて三日かかる。

それをどうするか。

「まず、夏休みになったら、夜中にこっそり抜けださないとね。それに食料確保。みんなに

は悪いけど、冷蔵庫から盗み出さなきゃ」

よしたかはとても頭がいい。いっつも、クラスのテストで一番なんだ。

「でも、そんなことどーでもいいから、早く海に行きたいな」

ゆうきはみんなのムードメーカー。一緒にいると笑いが止まらなくなる。

「作戦決行は八月一日の夜。みんなに見つからないようにしないとね」

そしてぼく。心の中では、三人の中のリーダーはぼくだと思っているんだ。

そして八月一日の夜、ぼくらは椿園を抜けだした。かきおきを残してきたけど、きっとみ

んなは心配すると思う。でも絶対、絶対見てみたかったんだ。

ぼくらは歩いた。翡翠川を下っていけば道には迷わなかったし、なにも問題はなかった。

翡翠川は町の中心を流れる、大きくて綺麗な川で、ゴミも全くないし、ぼくらはよく水遊び

をしていた。

朝になると気温が急激に上昇する。だから、ぼくとよしたかはTシャツをぬいだ。ゆう

やは決して服をぬがない。その理由をぼくは知っている。ゆうやが施設に来た理由。それは

『虐待』。Tシャツの下には無数の傷跡。それを知っているから、ぼくもゆうやもからかった

りなんかしない。絶対絶対しない。

一日目の夕方には隣町に着くことができた。ぼくらは夕方が嫌いだった。楽しそうに帰る

親子、家から聞こえる幸せそうな笑い声。夕方はぼくらを孤独な気分にさせる。

ぼくらは川の近くの公園で眠った。ベンチだったから朝、体が痛かったけど、もうすぐ海

に行けるという嬉しさからか、そんなこと全然気にならなかった。

椿園では事故、事件の話をしてはいけない。それが規則。なぜなら、みんなそれぞれの事

情を抱えてここに集まっているからだ。ゆうやもその内の一人。ゆうやのお父さんとお母さ

んは、ゆうやを保育園に迎えに行く途中で交通事故にあい亡くなってしまった。ゆうやが夜、

自分のせいだったんじゃないかと悩んでいることを、ぼくは知っていた。

翡翠川は途中で他の川と一緒になって、ぼくの町で見るよりも、ずっと大きくなっていた。

ぼくらは炎天下の中、間近に迫った海に夢膨らませていたがいつしかぼくらは喋るのも忘

れて歩いていた。たぶん、疲れていたからもう話す気力もなかったんだと思う。

海を見て、ぼくらは泣いていた。喜びの涙じゃない。悲しくて泣いていたんだ。海に来て

悟ってしまった。ぼくらは海が見たかったんじゃない。『家族』を求めていたんだ。ぼくの

見たことない家族と。ゆうやの家族と。よしたかの家族と、ぼくらは本当は来たかったんだ。

「さきー、ゆうやー、よしたかー」

ふり返ると、椿園のみんなが泣きながらぼくらを探してくれていた。ぼくらはみんなに向

かって駆けだしていった。
そうだね。ぼくらは家族。みんな色々なところから来たってだけの家族なんだ。ぼくらは

それがわかって悲し涙が嬉し涙に変わった。

ぼくらがみんなに謝った後、椿園のみんなで海の夕焼けを見た。来年も来ようねと園長先

生が言ってくれて、すごくすごく嬉しかった。その後、わがまま言ってもいいよとも言って

くれた。

昔から、ぼくらはみんな家族だったのに、ぼくらがわかっていなかっただけ。その夜ぼく

らは怒られてしまったけど、嬉しかった。 あの夏、ぼくらは『家族』を手に入れた。

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