【準ざぶん大賞】二人のりょう師
僕は二人の「りょう師」を知っている。海の漁師と山の猟師だ。
海の漁師は青森県平内町の陸奥湾の漁師、竹内忠一さんだ。竹内さんは、おじ
いさんからホタテ貝の養殖の仕事を継いだ。ところが二十年ほど前、養殖のホタ
テ貝が大きく育たなくなってしまった。そこで、養殖かごに入れる貝の数を減らし
た。でも、昔のように大きくならない。
竹内さんは悩んだ。悩んで悩んである事に気づいた。大雨が降ると川が簡単に
増水し、にごった泥水となって陸奥湾に注ぎ込む。これでは、ホタテ貝の成長に
必要な植物プランクトンが増えるわけがない。
陸奥湾の漁師さん達は、森に木を植える活動をしている。平内町の海は、今、
ホタテ貝の自然のゆりかごになっている。海の一番の栄養は、森の中にあったのだ。
山の猟師は、僕が住む長野県の栄村秋山郷の最後のマタギ、福原直市さんだ。
マタギはクマやイノシシなどの野生生物の狩猟をしたり、炭焼きや木ばち作りも
している。山の恵みで生きている人達だ。
七十六歳の福原さんは、これまで年の数ほどツキノワグマを撃ってきた。
「クマも山からの恵み。敬意を持ちながら必要な分だけいただく。それが共生と
いうことだ」 福原さんは言った。
福原さんは、民宿をやっている。民宿の名前は「出口屋」。人里に出没するよう
になったツキノワグマの話を聞いていた僕に、福原さんは言った。
「ちょっと裏の池に行ってみるか」
ついていくと三メートル四方の浅い池があり、こんこんと湧き水が出ていた。
「あの山が見えるか」
指差すほうを見ていると、標高二一四五メートルの苗場山があった。
「あの山の雪解け水がブナやナラの広葉樹の森にしみ込み、四十年かかってここに
湧き出ているんだ。ちょっと飲んでみるか」
僕はひしゃくの水を一口飲んだ。とっても冷たくて、水にも味があることを僕は初
めて知った。
福原さんの家が村の出口にあるから「出口屋」だとばかり思っていたら、広葉
樹の森がはぐくんだ湧き水の出口だったのだ。
「どんなに疲れていても、出口屋のこの水があれば、人も動物も生き返る。出口屋
の水は命の水だ。この一滴がでっかい海に繋がっているんだ。そして、雪となって
また苗場山に戻ってくる」 福原さんのしわしわの顔が輝いた。
海の漁師は英語でフィッシャーマン、中国語では漁夫。山の猟師は英語でハン
ター、中国語では猟手。でも、日本では「師」がついている。海の栄養の元が森に
あることを教えてくれた漁師さん。山の一滴が命の一滴だと教えてくれた猟師さん。
やっぱり二人は先生だ。
教科書には書いてない、自然の仕組みを教えてくれる先生だ。


