【準ざぶん大賞】水を水のようにあつかう
普段から私達の身近にある水。私は蛇口をひねれば常に水が出てくるものだと
思っていたし、実際、毎日欲しい時に欲しい分、それ以上にジャブジャブ使ってい
ました。そして、それが日常でした。しかしそんな日常を覆す出来事が起こりま
した。大きな地震が私達の地域をおそったからです。
被害は予想より大きく、水道をはじめとするライフラインがすべて止まりまし
た。普段あって当たり前のはずの水がないということはすごくこわいことです。私
は地震が起きてから初めてそのことを知りました。
初日は地震によるパニックで、たくさんさわいでしまって、喉がすごくかわきま
した。けれども蛇口をひねっても一滴も水が出ません。結局その日は水が飲めませ
んでした。
考えてみると、私はたくさんの水の中で生活しています。水を飲むことも、手や
顔、体を洗うことも、毎日汚れた衣類を洗たくすることも、全部水を使っています。
水がないということは、そのことが全てできなくなるということです。
例えばトイレ。トイレは地震が起きた次の日の夕方に、もう仮設トイレが近所
に設置してありました。すごくありがたかったです。ありがたかったけれど、本音
をいうと入りたくありませんでした。仮設トイレの中はせまくて、すごい悪臭が
しました。また、近所の人みんなが使うので、あっという間に汚くなり、水は流れ
なくなりました。ストレスがたまり、流れるトイレをすごく恋しく思いました。
例えばお風呂。毎日入るのが日本人の日課ですが、五日間入れませんでした。
頭は油でギトギトになり、体中がかゆくなりました。隣の市の水とガスが出るよ
うになって、地震後初めてお風呂に入った時には天にも昇る思いでした。お風呂っ
てこんなにも良いものなんだ…と忘れかけていたお風呂の素晴らしさを思い出し
ました。
水のでない生活は二週間続きましたが、給水車が来ればバケツを持って走り回
り、少しずつ大切にあつかうことで、私は水の大切さを知ることができました。本
当に水はかけがえのない大切なものです。
日本には「湯水のごとく使う」という表現があります。これは物を浪費するた
とえです。「湯水のごとく」使うことが何故浪費することなのかというと、日本は
あまり水を大切にあつかわない国だからです。
他の国では「水のように」使うということは、物を大切にあつかうというたとえ
だそうです。私はこれを聞いてびっくりしました。そして、日本の意味での「湯水
のごとく」という言葉を当たり前のように使っていた自分が恥ずかしくなりまし
た。水は決して浪費して良いものではありません。
世界や国内での水不足が心配な今、水を「水のように」あつかうことがとても
大切で、そして、次につながることだと私は思っています。


