2007年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  羽場 文彦

【特別賞】偉大なる水と洗濯ババァ

毎日、僕がお風呂に入れるのも「水」があるからだ。弟と一緒に入るとシャワーで遊んだ

り、湯舟にもぐったり、たくさんの水を使っている。その残り湯で母は毎晩のように洗濯を

する。朝もまた、残り湯が少しでもあれば洗濯をしているようだ。

父は母のことを、「洗濯ババァ」と呼ぶ。でも母は、残り湯を無駄にしてはいけないから

と、そんな父の言葉に負けない強さで洗濯をする。と、言うべきなのか僕から見ると、洗濯

する物を無理矢理見つけだしているように思う。

母が再利用する残り湯は、洗濯だけではない。玄関の出入り口が汚れていれば、わざわざ

お風呂の水を運んで、「ザッー」と流しながら洗ったり、植物に水をあげたりと、本当に無

駄なくバスタブの中が空っぽになるまで利用している。今年の夏休みは、昨日のお風呂の残

り湯をプール代わりにして、弟が楽しそうに水遊びをした。いつもなら暑いお湯なのに、冷

たいので喜んでいた弟。僕なら捨ててしまいそうな残り湯が、こんなにも多くの事に再利用

できるんだなと思った。

ある日、山ほど洗濯をした母。干して乾いた洗濯物は、洗う前より大きな山になっていた。

家族みんなが寝静まった後、うす明りの中で母はみんなを起こさないように気を使いなが

ら、大きな山のような洗濯物をパタパタと静かにたたんでいた。眠っていた僕はふっと目を

覚まし、ぼんやりと母の後ろ姿を見ていた。母は大きな山を少しずつ、手ぎわよく切り崩し

小さくしていった。みんなが寝ている間に、そうしている母を見ていると、大きかった山が

小さくなったせいなのか、母の背中が大きく見えた。数十分は過ぎただろうか、洗濯物をた

たみ終えた母が偉大に思えた。

父の言う「洗濯ババァ」は、僕らのために偉大なる洗濯ババァに変身している。そのおか

げで、僕らはいつも清潔な下着や服を着ていられるんだ。それにはまず「水」という大切な

資源が必要だ。そして「洗濯ババァ」もだ。

水があるのが当たり前と思ってしまう毎日の生活。もしも水が無くなってしまったら、僕

らは生きていくこともできない。だから大切にしなければならないのだと思った。

母の大好きだと思われる洗濯も、弟の大好きな水遊びも、みんな「水」があるからできる

こと。あの夜、洗濯物をたたむ母の後ろ姿を見てから、僕も水を大切に使おうと思った。な

ぜなら、母が毎日「洗濯ババァ」になれるようにしてあげたいからだ。

今日も朝から「ガラガラ」と洗濯機を回す音が聞こえてくる。その音が、なんだか水達の

合唱のように聞こえた。

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