2007年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  荒木 崇

【奨励賞】水の記憶

ムシャクシャしていた。

理由は特にない、というか、本当はわかっている。最近母の何気ないひと言が突き刺さってくる感じだ

からだ。

その日は、お風呂にろうそくを入れてみた。赤い器に小さな桃色のろうそくを入れて、水面に浮かべて

みるとお風呂場はたちまち夕焼けに変わる。

ちらちらちらちら光る太陽に、ゆらゆらゆらゆら揺れる暗闇。手を水面に振りかざすと、水面の中に

うっすらと手が映し出される。

水の中にいる私の足もいっしょに見える。それはまるで、現と夢の鏡のよう。炎をじっと見つめるたび

に、本当に夢の中へと落ちてしまいそうになる。目を閉じてもまぶたの向こうに太陽が見える。ほの赤い

光を感じながら。お風呂のお湯に身をまかせる。

ああ!この感じ!昔体験したことがある!それは一体いつの時か。母のお腹にいた時か。

次第にいらだちは水のゆらめきの中に溶けていく。思いをこめて風を吹かせると、小さな太陽は消え

た。まだ暗闇の水中に留まっていたかった。

でも私はもう水から出なくてはならないのだ。一人で歩いていくために。

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