2018年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  西 のぼる

【環境大臣賞】百年後の田んぼ

ぷしゅう、と音がしてバスの扉が開いた。

冷房が効いたバスから出ると、むっとするような空気と草いきれが手足にまとわりつく。

ぷしゅうと扉が閉まり、バスは砂ぼこりを立てながら行ってしまった。

祖母の家に来たのは久しぶりで、見渡すかぎり緑で埋めつくされた景色が壮大で新鮮だっ

た。私の家の近くにも田んぼはあるけれど、こんなに広くないし山や森もない。真夏の生ぬ

るい風が青い稲を波立たせて過ぎるから田んぼは海のように見えた。

祖母は昔風の大きな家に住んでいて、私たち家族をにこにこ笑って出迎えてくれた。昔と

そんなに変わっていなかった。 「田んぼ、すごいねえ」

と夕食の時に私が言うと、祖母は稲の育て方や面倒の見方を教えてくれた。田んぼはずっ

と昔から、ご先祖様から受けついできたものでずーっと同じところで毎年米を作るそうだ。

何百年も使っているから土がかたまって、水を入れても土に染みずにたまるらしい。何百年

も前の人と同じことをして、同じ景色を見るということに私は感動した。そして今から何百

年後かに、やっぱり同じように米を育て、同じようにこの景色を見て感動している誰かのこ

とを想像して不思議な気持ちになった。
その二日後のことだ。祖母の家の飼い犬を、父と一緒に散歩させていた。空は曇っていて

一層蒸し暑い。

「あれ?あそこ、何しているの?」

一面緑の稲の海に、ぽつりと場違いな黄色いショベルカーがあった。それのある田んぼは

穴があいたように土色だった。

「あれは、田んぼをやめちゃったんじゃないかな」 父の言っていることがよくわからなかったので私は

「どういうこと?」

と聞き返す。

「おばあちゃんが、何百年も米を作っているから田んぼになるって言っただろう。逆に二、

三年作らなかっただけで田んぼはもとの土に戻ってしまうんだよ」

それを聞いてショックだった。たぶん江戸時代だったら、田んぼがあるのは当たり前だっ

た。でも今は保つことも難しくなっている。今の時代はパンも麺もある。それらはとてもお

いしくて大好きだ。でも、この水田の景色はなくなってしまうのだろうか。初夏は水をたた

えた田が広々と空を映し、夏には緑の海となる。とんぼが飛び、蛙が泳ぎ、たくさんの命を

育んでくれる私たちのふるさとは、永遠に失われてしまうのだろうか。

私はこの水田の景色が好きだ。一面の緑と自然に囲まれて暮らす祖母を見ていると、どん

なに街の道路やビルや排気ガスの中で生きていても、やはり、人が心を落ち着かせ本来の姿

を取り戻すのはここなのだと感じる。だから私は何十年後もこの景色を見ていたい。

何百年後、ここに立つ誰かが見ているのは一面の田んぼだろうか。それとも……。

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