2008年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  梅村 万里子

【ざぶん環境賞】大切な水

きらきらと輝く水面。水鳥がゆったりと浮かび、時には魚がジャンプする。これが、ぼくの 家の近くにある宮崎一大きな川、大淀川である。宮崎の人々は、この川の水を引いて農産物を作ったり、飲料水に使っている。大淀川は、ぼくたちに大きな恵みを与えてくれている。

でもぼくは、この川がとてもおそろしい妖かいになったことを覚えている。その年は、かな り天候がおかしくて、もうすぐ夏休みが終わるというのに雨がふり続いた。そこに台風十四号がやってきた。

もうすでに川の水かさが増して、いつもの河川じきのゴルフ場が姿を消し、川はばが二倍ほ どになっていた。お父さんたちは、車で川の水位を見に行ったり、一階の大事な荷物などを上へ運んだり、台風の情報をパソコンで調べたりと、大さわぎをしていた。

それを見ているだけで不安になり、ただ事ではないと、二年生のぼくにも分かった。そして お父さんが、ぼくたちだけでも避難させようと、おじいちゃんの家に連れて行こうとしたが、

道路中が水につかっていて、地区からぬけだせなかった。
そのうち、ぼくたちの家の近くにも避難指示が出て、身の回りの荷物をまとめ、地区全体で 避難した。避難所には大ぜいの人達がいたが、ここもつかるんじゃないかなぁと、心配でたまらなかった。お昼はカンパンのかんづめが配られたが、不安で味さえ分からなかった。でも夕方には雨がやみ、家に帰っても良いことになった。避難所の外へ出て、ぼくはびっくりした。

回りは、家も道路も畑もハウスも水の中につかって、まるで海のようになっていた。

しかし、大変だったのは水の引いた後だった。登校する道は、ゴミやどろが積もっていて、 においがすごかった。学校に着くと、家がつかったたくさんの友達が休んでいた。おまけに給食は牛乳とデザートだけになって、学校の水は止まっていた。一週間ほどはほとんど勉強ができず、高学年はいろんな地区のかたづけへ、ボランティアとして参加した。一番悲しかったのは、仲良しの友達の家が屋根までつかって住めなくなり、転校してしまったことだ。そんな人が何人もいた。水のこわさを実感した。

その時はただこわいだけだったが、五年生になった今、なぜあんなことが起こったのか、 時々考えるようになった。八十過ぎのおばあちゃんは、こんなことは生まれて初めてだと言っていた。この異常気象は、地球温暖化の影響なのだろうか。そう考えると、ぼくたちがしなければいけないことがあるはずだ。二酸化炭素の放出を防ぐために、小まめに電気を消したり、物を長く使ったりと資源の節約に努めなければならない。そうしないと、あんな悲しい出来事が次々と起こるような気がする。

水は大切なものだ。人間は水がなければ生きていけない。でも同時に、とてもおそろしいも のでもある。だから、この水を大事にするとともに、水が妖かいに変化しないように、ぼくたちにできることを真剣に考え、それを実行していきたい。

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