2008年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  蓬田 やすひろ

【ざぶん大賞】足羽川

「こんな日に、本当に行くんですか?」四年前の七月十八日早朝、小学生だった私は、母

が卓球のスポーツ少年団の監督に電話しているのを寝ぼけまなこで聞きながら、箸を進めて

いた。ボーッとした頭に聞こえてくるのは、激しい雨の音。卓球の交流試合会場に出かけよ

うと玄関の戸を開けると、バケツをひっくり返したと表現する以上の、いやその数倍以上の

雨が、降るというより、道路を打ち続けていた。

びしょぬれになりながらなんとか車に乗り込み、その日の目的地である石川県の能登方面

へ向かった。途中、トンネルの入り口に赤い土砂の混じった水が流れていた。生まれて初め

てみる激しい雨に、子ども心にも、言い知れぬ恐怖をおぼえながら、それでも襲ってくる睡

魔に負けて、不安の中、また眠りについた。

能登の練習会場に着くと間もなく、母の携帯に父から、豪雨で役場三階に避難していると

メールが入ってきた。この時既に我が家の周辺は、足羽川の堤防が決壊し、浸水していた。

電話もかかりにくく、メールでの伝達だけとなっていた。祖父母とも連絡がとれず、心配す

る母に飛び込んできたのは、父の車が、海のようになった駐車場で流されていく、兄の携帯

からの画像だった。

ほとんど試合もせず、福井に引き返すことになったが、途中、道路が落ち、通行止めと

なっているせいで、勝山回りで帰宅したのは、夕方五時を過ぎていた。自宅に近づくにつれ、

見慣れた足羽川が顔を変えていた。初めて聞くゴーッという地鳴りのような川の流れの音。

流木だけでなく、様々なものが茶色く濁って波打つ川に、顔を出したり沈んだりしながら、

ものすごいスピードで流れていた。

水が引いた自宅の周りには、どこからか流されてひっくり返った車が転がっていた。我が

家の庭には、見知らぬ冷蔵庫や洗濯機、日用品が流れ着いていた。いつもおだやかに流れて

いた足羽川はえぐられ、すっかり表情を変えていた。まるで、怒っているように、叫んでい

るように見えた。

心臓がバクバクした。小学生だった私には、集中豪雨の原因が、人的なものなのか、そう

でないのかは分からなかったが、ほんの数時間でそれまでの風景を変えてしまう自然という

ものを、初めて目の当たりにした。

翌日から、その日の豪雨が嘘のように晴れ渡り、今度は猛暑日が続いた。福祉の仕事をし

ている母は、水害ボランティアセンターの仕事で早朝に出掛け、深夜に帰宅という日々が二

週間以上続き、会話どころか顔を合わせない日も少なくなかった。県内外から、何万人とい

うボランティアの人々が駆けつけて、復旧作業に汗を流してくれたそうだ。一ヶ月以上経っ

たある日、母が「多くの人の力で、美山は復旧していったけれど、我が家は崩壊寸前だった

ね」と笑った。

 

泳いだり、魚をとって川遊びをしたり、自由研究で水質調査をしたり、七月には灯篭流し

をした足羽川の川べりは、緑ではなく、今はコンクリートに変わろうとしている。美山の風

景を描いてきた世界的な画家豊田画伯は、この豪雨で、美山を描くことを止めてしまったと

聞いた。

あの日の足羽川の流れが私たちに教えてくれたもの、それは何なのだろう。地球温暖化、

異常気象といってしまえば簡単だが、もっと別のメッセージが隠されているのではないだろ

うか。私は足羽川を見る度、ふとそのことを考えてしまう。

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