2012年度受賞作品,  ARTIST,  AWARD,  原田 維夫

【準ざぶん大賞】元にもどった水

 

二〇一一年三月一一日、東日本大しんさいがありました。その時、ぼくは下校のと中でした。

 

はじめは、グラッときてだんだん強くなりました。ふみ切りの近くの古い家がくずれるの

を見て、こわくなりました。ぼくは、「お父さんのお店は大じょうぶかな」と心ぱいになり

ました。お母さんや、お兄ちゃんにも会いたくなりました。お母さんがむかえに来てくれて、

家に帰った後も、よしんがつづいていました。でも家族といっしょだったので、少しあん心で

した。

 

この地しんで水道がつかえなくなりました。水がないと、水がのめない、おふろにも入れ

ない、食きもあらえない、せんたくもできないので、生きていけません。その時、よし間のお

ばあちゃんから、電話がありました。

「家の近くできれいな水が、流れているから、とりにおいで」と、教えてくれました。

 

お父さんと、お兄ちゃんと、ぼくで水を、くみに行きました。なるべく多くのタンクや、

ペットボトルに水をくみました。ぼくは、水があってよかったなあと思いました。この水は、

体をふいたり、トイレを流す時につかいました。食きは、なるべく、ラップをしてよごさない

ようにして、きちょうな水を、大切にしました。のむ水は、買ってあった水をのみました。

 

ぼくの家は、ラーメン屋です。水が出なくなったので、スープを作ることもできなくなっ

て、お父さんはし事もできなくなってしまいました。ぼくは、お父さんが、いつも家にいてく

れて、うれしかったけれど、お父さんのラーメンが食べられなくなるのは、さびしいと思い

ました。

 

水が出なくなって二日がたちました。おふろに入れなくなって、体をふいていたけれど、

ぼくは、ひふが弱いので、体がカサカサになって、赤いボツボツも出てきました。すると、お

父さんとお母さんが話し合って、川さきのおばあちゃんの家にひなんすることになりました。

高速道路がつかえなかったり、ぼくたちのほかにも、ひなんする人がいたので、道路はじゅ

うたいしていて、川さきのおばあちゃんの家まで、八時間かかりました。

 

ついたのは、朝の四時ごろだったけれど、おばあちゃんは、あたたかいおふろを、わかして

まっていてくれました。そのおふろに入った時ぼくは、ほっとしてとても気もちよかったで

す。そして、水の大切さをあらためてかんじました。

 

二週間後に、いわきで水が出るようになったとれんらくがきたので、家に帰ることにしま

した。水道のふっきゅうのために、たくさんの人がはたらいてくれて、こんなに早くいわき

に帰れてよかったです。家に帰ると、水は元どおりに出るようになっていて、お父さんのお

店も、できるようになりました。

 

ぼくは、この体けんをとおして、水を今までい上に大切にしようと思いました。

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