【特別賞】硝子の世界
遠いとおい世界でのお話です。
その世界は水に恵まれ、たいへん栄えていました。水は全ての命を支え、世界は明るく満たされていま
した。
しかし、その水が枯れぬよう支えているのは一人の少女でした。青くて長い髪の少女は、日の光の当た
らない地下深くで、水柱の檻の中でずっとずっと祈っていました。ガラスのような瞳をした、美しい少女でした。その水を生み出すことのできる少女は、何度も人々の争いの元となっていました。そして、この時も少女を我がものにするため、二つの大きな国が戦っていました。
やがて争いは激しさを増し、国は焼かれ、人々は苦しんでいました。ひどく悲しんだその国の王子は、
少女のいる水柱の檻まで行き、
「わが国を焼く、忌々しい炎を消してほしい」
と頼みました。すると少女はガラスの目を向けて、
「命のためなら、やりましょう」
と、きれいな声で言いました。王子が頷くと少女は目をつむり、祈り始めました。
王子が地上へともどると、家来があわててやってきて、燃やされていた村に突然雨がふり始め、あっと
いうまに火が消えたことを伝えました。王子は、心の中で少女とその雨に感謝しました。
次の日、戦いに負けそうなその国では、今度は水が足りなくなり大変なことになりました。ひどくなげいた王子は、もう一度少女のいる水柱の檻まで行き、
「国がカラカラだ。うるおしてほしい」
と頼みました。きのうより少しやせた少女はガラスの目を向けて、
「命のためなら、やりましょう」
と、きれいな声で言いました。王子が頷くと少女は目をつむり、祈り始めました。
王子が地上へもどると、家来があわててやってきて、水がなかった湖に突然水がわき始め、あっという
まに国中の川がうるおったことを伝えました。王子は、小さく「ありがとう」と少女へ言いました。
次の日、水が手に入り勢いを増したもう一つの国の軍は、とうとう城に攻め入り、王さまやお妃さまを
ころしました。王子だけは何とか少女のいる地下へのがれましたが、もう時間の問題でした。
悲しみで気が狂いそうな王子は、きのうより大分やせた少女に言いました。
「憎い、にくい敵を滅ぼしてくれ」 少女はその言葉に、目を見開きました。
「滅ぼす?人を殺せと、命を育む水でそれを奪えと、王子はそうおっしゃるのですか?」
「何を言う。やつらは人ではない!鬼だ。人を殺す鬼だ!」
もしかしたら、王子はすでにおかしくなっていたのかもしれません。どなりつけると、おそろしい目で
少女を見ています。しかし少女はおびえることなく王子を見ます。 「ならば王子よ。貴方はこの行動が、命を救うことになると言うのですね」 王子は頷きます。そして少女はふっと笑い、
「おろかな王子」
そう言いました。水の柱が赤黒くなります。
「おろかな王子。あなたはなくした命のために、今ある命を消しました。罪深い。それは流れる水ですら消せない罪。ああ、王子。貴方は本当に」
カシャンと硝子細工が砕けるような音がして、少女の体が倒れ消えてゆきます。王子は少女をかかえ
ました。
その際に、小さく小さく聞こえたのです。
「嘘つき」
と、少女の最後の言葉が。
王子は呆然と少女の消えた腕の中を見つめていました。水の柱は今は赤黒く、青の世界は今は紅の世
界となっていました。王子は、まるで血柱の檻の中にいるようでした。
この世界がそれからどうなったのかは、誰も知りません。
流れている水のようなこの世界は、一時の汚れなど、溶かして忘れさせてしまうのです。


