【特別賞】日ヶ谷と水
僕の住んでいる日ケ谷(ひがたに)は、京都の丹後半島にあり、山に囲まれた谷間の山村である。海に
面した岩ケ鼻(いわがはな)から、犀川(さいかわ)の上流に沿って、坂をたどっていくと、日ケ谷の里につく。そこには棚田と民家がある。車なら海の近くに十分で着く。山からの涌き水もある。とてもきれいな水で何もせずに、そのまま飲むこともできるほどだ。そんな日ケ谷の水について、いくつかの言い伝えが残っている。
日ケ谷に立(たち)という地区がある。その集落の奥にある滝に不動明王の小さな像がある。この像
は一八四八年ごろに、ある行者の船が難破した時、その行者が不動尊を念じ、その船の乗船者全員を救命したそうだ。
行者は不動尊の感謝のため、当時坪谷という場所にある滝に息災延命、交通安全などを祈願し、不動
明王をまつった。また、一九九二年に現在の別の滝へと移転安置した。このことから、昔は船がこの山の下にある土地を行き来していたことが分かる。
立地区からさらに山奥へ行くと大西という地域があり、そこに翠裕(すいこく)の水がある。この翠裕
の水はとてもきれいで僕の住んでいる場所の中でも一番きれいだと思う。目立つように屋根と看板がある。
看板には「報恩感謝」の文字と、翠裕の水の名前の由来が書かれている。
ある時期、年々ここの涌き水の水量が少なくなり、その存続が心配されていた。村の話し合いによって、
水を集める工事をやってみようということが決まり、集水工事が始まった。工事が終わると、水の水質検査を行った結果、とても良質となった。そして、一九九八年に、「翠裕の水」と名づけられた。僕たちの家では墓がすぐ近くにあり、そうじの時にも使っている。また、日ケ谷のそば屋さんにとっても欠かせない水である。
僕の家の下の方には、犀川という大きな川が流れている。この川には魚もいて、昔は祖母と一緒に魚釣
りをしたこともある。この犀川は岩ケ鼻の海までつながっていて、小学校の授業として、もんどりの魚を捕える仕掛けをしたこともあった。このように、日ケ谷だけでなく、養老全体の水がきれいなので、誇りに思っている。
日ケ谷では、年々お年寄りが増え、活気を失いつつあった。しかし今、年をとって耕す人がいなくなっ
た田んぼを、何とかできないかという相談が上がり、使われなくなった田んぼに水をひいて、蓮の花を育てることになった。その後、その辺りを小さな広場として、多くの人に楽しんでもらうことになった。今年、育った蓮を見てもらおうと、蓮の花観賞会が開かれた。上の方では売店が開かれ、僕も家族や近所の人たちと一緒に、お好み焼きなどを売った。結果は大成功となり、成功したのも、蓮の花をしっかり育てた水のおかげだと、今でも思っている。蓮だけでも約五百本にもなり、その他にもスイレンを約百本植えた。荒れた土地は、蓮の池に生まれ変わった。
日ケ谷にはかけがえのないきれいな水があることを、皆さんも分かってくれたと思う。日ケ谷にある水
にまつわる話はたくさんある。しかもいくつかのイベントだってある。言い伝えが広まり、伝わったのも、イベントが開かれたのも全部「水」のおかげだ。日ケ谷の水は村の再生の水でもある。


