【準ざぶん大賞】山の昔語り
うん?あぁ、珍しいね。人の子がこんな所に来るなんて。木々が騒ぐわけだ。フフ、君に
は聞こえないかもしれないがね。
え?私かい?私は…、うん、君たちの言い方だと「山」だね。ところで、君はどうしてこ
んな所まで来たのかな?…そうか、みんなとはぐれたのか。まあ、そこの岩にでも座れよ。み
んなが君を探しに来るまで少し私の話でも聞いてくれないかい?なに、私も話し相手がいなく
て退屈していたんだよ。ちょっとした昔話さ。
昔、君のおばあちゃんやおじいちゃんが生まれる、ずーっと前から私はここにいた。その時
には、私は、動物たちの住み家だった。そう、その君が座っている岩に、動物たちが集まって、
ずっとおしゃべりをしていたものだ。君みたいな、人の子もたくさん遊びに来たよ。木に登って、
落ちかかるのを、ハラハラしながら見ていたんだ。ほら、耳を澄ましてごらん。川のせせらぎが
きこえるかい?あれは、近くにある川の水音だよ。昔は、この辺りまで水が流れて来たものさ。
鮎なんかがはねて太陽をあびてキラキラ光ってね、そりゃ
あ、きれいだった。夏になると、真っ
黒に日焼けした人の子が釣りにきたものだ。そのころには鮎がたくさんいてね、泳ぎまわるもの
だからくすぐったかったが、楽しかったよ。私は、ここが一番好きだった。命にあふれたこの水
辺が。元気な声で満ちあふれた時間が、本当に大好きだった。 私は、この世で一番恵まれた山だったよ。
こんな幸せな時がいつまでも続くと信じていられたんだ。
いつの頃からだろうね、そんな幸せな時が少しずつ欠け始めたんだよ。人間が「カイハツ」
とやらで、木々を切り始めたのが始まりだった。
大きな「くるま」が来るから、人の子は遊びに来なくなった。木々が切られるから、動物たち
は住めなくなって、どんどんいなくなった。 え?ここが一番木が多い山?いやいや、この木々は昔の森のほんの一握り
さ。 昔は、もっともっと命あふれる森だった。
そうして、私に残されたのは小さな川だけだった。あの日々と変わらないのは、川と魚たち
だけだった。あの日までは。
その日は、ひどい雨だった。昔は、森にとっては恵みだったから、どんな雨でも嬉しかった
ものだが、もう、木々は少なかった。
ついに、私が心配していた最悪の事態が起こったよ。木々の少なかった私の体の一部が崩れて
しまったんだ。これっぽちの木の根っこでは、土は支えきれなかったんだよ。運悪く、同時に川
があふれてね。いつもだったら、細い川がいくつもあって、そこに水が逃げるし、木の根っこの
所の土に水がしみ込んでいくんだが、どちらも、「ジュウタクチ」にするとかで人間がつぶして
しまってね。あっという間にたくさんの水と土が人間を襲ったよ。すべてが終わったとき、残っ
たのは、泥にまみれた畑だけで、大地はまっさらだった。ここの川も、その時の泥で埋もれてね。
もう一つの川は、今では人間の捨てる「ゴミ」で汚れて、鮎はもう帰ってこないよ。
それなのに、人間達はまだ「カイハツ」を続けている。このままじゃ、また同じことが起こる。
自然の力は、人間じゃ太刀打ちできないよ。
そうだ、君、ちょっとほかの人間にガツンと言ってくれないかね?なに、「カイハツ」を今
すぐ止めろ!とは言わないよ。ただ、ちょっとだけでいいから、立ち止まって、森のこと、山
のこと、生き物たちのことを考えてほしいんだ。君たちには、まだ時間がある。手遅れになる前
に、だ。これは、私から君へのお願いだ。この山に、緑が、そして、命が戻ってくるように。た
のんだよ。
ああ、遠くから声が近づいてきた。君を探しに来たんだろう。久々に話し相手ができて、
とても楽しかったよ。ありがとう。
また、おいで。今度は友達も連れておいで。ほかの話を聞かせてあげよう。いつか来た、鮎の
親子の話、鹿の親子の話、まだまだたくさん、話していないことがあるんだよ。少しでいいんだ。
私の話し相手になっておくれ。
もう、迷うんじゃないよ。さて、私は一眠りするか。
じゃあ、また会おう。フフ、次はきれいな緑に囲まれた場所、命の戻ってきた森で話したいも
のだ。
待っているよ、人の子よ。


