【準ざぶん大賞】命の源「水」を見直す
生きるために必要不可欠な「水」。
蛇口をひねれば「当たり前」に流れる水環境にある私達に、今地球が直面している「水の
危機」を実感することは、難しい。何よりの証拠に、私は「水のない生活」を想像したこと
がない。
そんな私が、「水」を意識したのは、大自然の乗鞍岳の山頂で水源地を見た瞬間だ。青く
澄んだ美しい水源地の水を、私達の生活用水と結びつけるのには、時間がかかった。絵の具
でどんな青を表現しようとも生まれない脳裏に焼きつくような青。見た者に「神々しさ」「尊
さ」を感じさせる。
それと同時に心に引っかかったのは、水源地の水量の少なさだ。水は美しいが、何百万人
もの命を支えるにはあまりに少ないと思った。
私は四歳から六年間、タイ王国に住んでいた。首都バンコクでさえ、スコールの時には蛇
口から赤い水が出る。バンコクでは、水道水を飲むことは禁じられていたため、私達はNA
SAの宇宙ステーションで使用されているという大きな浄水器の水を飲んでいた。
バンコクから車で一時間程離れた田舎では、水道はおろか、電気・ガスも通っていない。
家の横には、二メートル程の大きな水瓶を置き、雨水を溜めて飲料水にしている。
旅行で出かけたミャンマーでは、冬でもイラワジ川の水で水浴びし、洗濯をし、煮炊きを
する。衛生観念の欠落した生活をしていた。
私が見た「水の格差」ですら絶望的であるのに、インドやアフリカではまさに水のない生
活を強いられ、さらに深刻である。水を捜し求める事が日課の子供達は、教育を受けられ
ず、未来への希望を失っている。
一方、経済大国として成長し続ける中国は、人口増加と北部の将来的水不足に備えて、世
界最大の三峡ダムの建設に取り組んでいる。地球の自転軸さえ傾ける程の巨大なダムは、貧
しい下流地域のインド東南アジアの国々の水源を奪いかねない。私達が「当たり前」に水
を使う一方で、世界では既に、水資源争いが勃発しているのだ。インド国内の研究者からは
「中国が水という武器を手にした」という論調さえ出てきた。今や「水問題」は軍事行動を
誘発する可能性を高めている。
水は生活用水として目に見える働きだけでなく、目に見えない重要な働きもしている。
様々な文化が海を渡って伝わり、島国日本は、外国の文明をまさに水の力で手に入れ、独自
の文化を築き、発展してきたのだ。それは日本だけでなく、世界各地で共通している。水を
失うことは、文明も失い、生命の源をも失うということだ。
火星にも水星にも流れる水はない。水の惑星と呼ばれる青い地球の生命のすべてが水
にある。水に育てられ、生かされている私達は、今立たされている水の危機を直視し、危
機回避の最善の道を探さねばならない。特に私達は、地球の未来を背負う世代だ。水をよ
く知り、人類の抱える難題を突破するように知識を蓄えていかねばならない。何億年も続い
た生の営みの源を失うわけにはいかない。「当たり前」に蛇口をひねる生活を改めたいと思う。


