【ざぶん文化賞】宇根さんと僕の約束
初めて訪れた広島。
平和祈念式典が始まり、僕はただ、暑くて暑くて汗でびっしょり…。
「水、水がもっと飲みたい」と心で叫ぶ。
その後、五十年以上も原爆献水を続けてきた、宇根利枝さんと噴水前で出会った。献水用
の水を分けて飲ませてもらった時は、言葉にできないほどうれしかった。 「おお…そんなに美味しかったか」
宇根さんに案内され、己斐の山の滝へと向かった。ここにも、冷たくて美味しい水があっ
たではないかそれは宇根さんが毎朝汲みにくる、献水の水だった。
宇根さんが、兵器工場の託児所で保母さんをしていた頃の事を語ってくれた。ドカンという大きな音とともにすべてが吹き飛び、傷だらけになりながら必死に子供達をさがして外に出ると、まるで地獄。顔がぱんぱんにふくれ、毛がさかだった人達に手をつかまれ、「水、水をください…」と拝まれたこと。毒の水をあげるわけにはいかず、心を鬼にしてあやまったこと。そして、あの時水をあげられず、「すまない、申し訳ない」という思いが、今も献水を続けさせていること。
平和祈念式典の間、立っているだけでも暑くて水が欲しかった僕なのに、原爆があった日
は、大勢の人達が熱くて痛くて、一滴の水も飲めずに苦しんでいたのだ。
また、水だけでなく、食べ物まで少なかったという時代。楽しみにしていた弁当箱を抱え
たまま、原爆に焼かれて亡くなった中学一年生の少年。資料館で目にした時は、胸の中がと
ても熱くなった。
それなのに、僕たちはどうだろう…。のどがかわいたらすぐに水が飲め、腹が減ったら好
きな物がたくさん食べられる。本当に本当に、感謝しなあかん…。 翌日、僕はいろいろな事を思いながら、こどもの像に献水をした。
「今日は、冷たい美味しい水を持ってきました。今度こそ、戦争のない平和な時代に生まれ
てきて、この広島で、命の続きを精一杯してください」と願いながら…。
最後に、滝の観音での、宇根さんと僕の約束
核が廃絶されても、
戦争が終わっても、人々同士が平和でなければ、平和ではない。
自分を生んでくれた
父に感謝をし、
母に感謝をし、
これからの平和をつくっていってくださいね。
僕はこの言葉を忘れずに、これからも家族との平和、世界の平和をつくっていきたい。


