【特別賞】水はめぐっていのちをくれる
蛇口をひねればいつでも水が出る。飲むことができるきれいな水が出る。家に居れば、洗濯機の中で
服やタオルが洗われてグルグル回る音、お湯が沸く音、台所から聞こえてくる母がご飯の支度をして
いる音。一日中どこかで水が使われている音がする。僕はこれらの水の音が心地よくて好きだ。これら
の水はどうやって僕らのところまできているのだろうか。気になって調べてみた。
僕らが使う水は井戸水、雨水が貯められたものや琵琶湖や淀川からひかれてきたものが使われてい
る。これらの水に薬品を混ぜたり、砂の層をくぐらせたり、塩素で消毒して細菌をなくしてやっと浄水
池へ送られてくる。そして浄水池の水をポンプで勢いをつけて配水池に送り、使われる量に応じて給水
されている。家庭や工場など様々な場所で様々な用途で使われた水は汚水となり、道路などに降った雨
水などと共に地下に網目状にはりめぐらされた下水管に入り、下水処理場へ運ばれる。下水処理場でバ
クテリアなどの微生物によってきれいにされた下水は河川や海などに放流され、自然の水循環に戻って
いく。そしてまた同じ道をたどって僕らのところへきてくれる。
なんだか似ている。僕の中に流れている赤い血が思い浮かんだ。僕らが生きていくために血液も水も
ずっと流れ続けてくれなければならない必要不可欠なものである。血液は体に必要な酸素や養分を運ん
でくれたり、体に不必要な二酸化炭素や老廃物を運び出してくれる。心臓が血液を全身に回すポンプの
役割をしてくれ、腎臓が血液中の栄養物や老廃物をろ過し、栄養物を血液に戻し、老廃物を尿と共に
体外に出す働きをしてくれるなど、水と同じ様にいろいろな行程を通ってきれいな血はめぐり続けるこ
とが出来ている。
水も血液も流れ続けていることをあたりまえのように思ってしまっている。大災害や病気になるまで、
日々ありがたさを感じながら暮らすことはなかなかない。僕は、仙台での被災生活の中で、初めて水が
蛇口から出てこないことに驚き、生活の全てに水が関わってたことに気付かされた。いのちをくれる水
があんなに恐ろしい形となって、多勢の人々のいのちを飲み込んでしまうことなど考えたこともなかっ
た。
僕らが血液がサラサラに流れるために運動したり、食事管理をしたりするのと同様に、水道も専門
家が管理してくれている。僕らも水の出しっぱなしをやめるとか、湖や河川を汚さないようにするとか、
森林の植樹運動に参加するとか、水が人間だけでなく、地球上のあらゆるものに流れ続けるために出
来ることをやらなければならない。
トイレ掃除をしながらこんなに水はいらないと思い、ちっぽけなことだけどペットボトルをしずめて
みた。
今日も、水はめぐっていのちをくれている。


